プロローグ
梅雨入りが間近に迫っているのか、空模様の怪しい日が多かった。
深夜の野球場には月もなく、風もない。自分の足音だけがやけに響く。誰もいない筈なのに、つい小声で話をしてしまいそうだ。少なくとも十七歳の女子高生がひとりで出かける場所ではなかった。
朋美はバックネットの前に立った。道路の外灯がわずかに足下まで届いている。目が慣れてくれば、懐中電灯が無くても人の顔くらいは判別できるだろう。ショートヘアーに目鼻立ちのハッキリとした顔立ち、平均以上にボリュームのある姿態。上背もあり、街を歩けば多くの人を振り向かせることだろう。
バックネットの下にはアルミ製の脚立と手提げ付きの紙袋が置いてあった。
(愛美ちゃんはどんな顔で来るのかしら)
朋美は、今日、この場所で愛美を全裸磔にすると宣言してあった。一週間のオナニー禁止が明ける日でもある。磔による放置責めは『露出っこクラブ』の管理人から出された罰だ。十四歳の少女には厳し過ぎるが、愛美は一週間前に全裸迷子の課題も実行していた。どちらが厳しいかは、実際に行った本人にしかわからない。
「朋美さん……」
バックネットの裏で愛美の声がした。
朋美が来る前からそこにいて、来たのがわかっても声をかけられずにいたらしい。ミニスカートにポロシャツを着た愛美は十四歳の女子中学生だ。素足にサンダルを履いていた。小柄で華奢な体付きは年齢なりの凹凸を見せていたものの、朋美の前に出ると霞んでしまうのは仕方がなかった。
「覚悟はできたみたいね」
朋美は隠れていたことを咎めようとはしない。むしろその仕草がいじらしく、今すぐに抱きしめてやりたい気持ちがこみ上げる。愛美もそれを期待しているのがはっきりと伝わって来る。朋美はつま先にかかる体重を押し戻した。
「……はい。あ、ずっと前から、ううん、でも……」
放置責めは一週間以上前から決まっていたことだ。それに選んだのは愛美自身でもある。露出初心者とは言え、自宅の庭でも母の君枝とシミュレーションをしてきた。今日の全裸磔は、むしろ楽しみにしていると思っていたのだが。
「怖いの?」
少女が全裸で大の字なりに縛り付けられ、長時間放置されようとしているのだ。いくら覚悟していたとは言え、怖くないわけがない……か。
「はい。でも、頑張ります」
愛美はきっぱりと言い切った。
夜の帷で表情までは見えないが、きっと決意に溢れた顔をしていることだろう。朋美は「ほう」と感心の息を漏らした。
「えらいわ、愛美ちゃん。それじゃ、早速ハダカになってね」
「……はい……」
さっきの言葉ほどの勢いはない。それでも、ポロシャツのボタンに手をかけ、ひとつずつ外していく。暗い分、脱ぎやすいということはあっても、そこは紛れもない野外だ。周囲を気にしないわけにはいかない。愛美の指先は、首を振る動作を合間に入れながらも、ゆっくりとその目的を果たしていた。
愛美が脱いだ衣服は朋美が預かった。グランドには他に置くところも無い。ポロシャツを、スカートを。でも、そこで一度手が止まる。何度やっても、外で下着を脱ぐのをためらわずにはいられないようだ。
「愛美ちゃん……?」
朋美は見つめる目に力を込めた。下着姿で身を揉む少女がかわいくてならない。でも、ここで甘やかしてはいけないと怖いご主人様を装う。「ああ」と息を吐き、朋美の視線から逃げる愛美。一度うつむいた顔を夜空に向け直し、両手を背中に回した。
Bカップのブラジャーが外れた。膨らみはじめたばかりの少女の双丘が外気に晒される。小柄な愛美の体躯がより小さく感じられた。
朋美は手を伸ばす。ブラジャーを預かる番だった。必要以上に小さくたたみ、愛美は手渡す。片手は胸に当てたままだった。朋美はそれをポロシャツの間に仕舞った。
最後の一枚。
愛美が、それを脱ぐ行為を恥ずかしがらなくなったら、朋美もそれを強要しようとは思わないだろう。いつまでも変わらない羞恥の仕草が、朋美をより残酷な加虐者に仕立てる。自分にそんな面があるとは、朋美自身気づかなかったことだ。
愛美は、パンツの両側に手を当てた。前屈みになったところで首を捻り、バックネットを見上げた。その場所に縛り付けられた自分を想像しているのだろう。パンツを脱いだら、次はあの場所に……もし今その口が「ごめんなさい」と言ったら、朋美は許してしまうのだろうか。
「見ない方がいいかも」
朋美は前に出て愛美の視覚を遮った。優しいお姉さんの顔をしたつもりだが、愛美にはより酷な仕打ちだったかもしれない。
「わかって……ます」
それは少女の決意を表していた。全裸で磔にされるのはわかっている。自分は今、そのためにパンツを脱ごうとしているのだと。
愛美は一気に実行した。サンダルの上で両足を交互に載せ替え、踵を、そしてつま先を抜く。体を起こすと、役割の果たさなくなった布を胸の前で握り締めた。パンツを人に渡すのは躊躇するところだが、他に選択肢はない。クロッチの部分を内側に織り込んで小さくまとめ、朋美に差し出した。
「はい、よくできました」
朋美が微笑みかけると、愛美も照れくさそうに頬を染めた。野外で全裸になり引きつった顔が、恥じらいと不安と、そしてわずかな期待で紅潮していた。甘やかしてはいけないと思いながらも、朋美はその体を抱きしめた。
「朋美さん……?」
愛美にとっても思いがけない行動だったのだろう。口に出る言葉にも微妙なニュアンスがこもる。服を着た朋美の前で愛美だけが全裸。普通に考えれば異常な状態だが、ふたりの間では当たり前のことだった。愛美は奴隷、朋美はそのご主人様なのだから。
「少しだけ、ご褒美の前渡しね」
「ああ……」
愛美は手を下げたまま、朋美の行為に任せていた。
「それじゃ、いこうか」
朋美が体を離し、愛美の手を引いてバックネットへと導く。黙って付いて来る愛美。どんな想いで歩いているのだろうか。
「覚悟はいいわね」
愛美は頷くが、声には出さない。
「サンダルを脱いで、この上に載ってね」
朋美は脚立を指さした。地面から一メートルくらいだろうか。ちょうどバックネットの土台となっているコンクリートの部分と同じくらいの高さだった。
「金網に捕まって、こっちを向いて」
「はい……」
「あっ、そう。そんな感じでいいわ」
愛美に微笑みかけると、朋美は手提げ付きの紙袋から綿ロープの束を取り出した。五十センチくらいに切ったものが四本あった。空になった袋に預かっていた衣類を入れる。脚立を愛美の右手の前に動かし、綿ロープの一本を持ってその上に上がった。
「これくらいかしら?」
朋美は愛美の手首を掴んで上下に動かす。
「せっかくの磔だもの。格好良く縛らなくちゃね」
まっすぐに伸ばした肘に少しだけ余裕を持たせ、肩よりやや高い位置で綿ロープを巻き付けた。金網に絡ませて二巻きすると軽く引き絞って縄止めをする。これでもう動かない筈だ。
「ちょっと引っ張ってみて」
愛美が手首を動かした。
「ダメです。全然外れません」
「じゃあ、次ね」
朋美は脚立を下り、愛美の左手側に移動すると同じように手首を固定した。
「うーん、いい感じね」
バックネットから二三歩離れて見上げる朋美。
「あーん、恥ずかしいです」
素直な悲鳴だったのだろう。愛美の目が何かを訴えていた。
「まだまだ、恥ずかしいのはこれからよ」
「えっ……?」
「だって、管理人さんのご希望は大の字磔でしょ」
愛美は『露出っこクラブ』というインターネット上のサイトで露出の課題を貰っていた。ネット調教というものだ。その言いつけを守ることができなくて課せられた罰が「アダルトDVDを見て、それと同じ内容を実行する」ことだった。朋美は四本のDVDを見せた。その中から愛美が選んだものが『野外放置責め』。サイトの管理人に伝えると「それなら全裸大の字磔が良い」と希望を出された。
「あっ! えっ、ええ……」
両手を左右に広げて縛られた愛美。もう恥ずかしいところを隠すことができない。膝をこすり合わせているのがせめてもの抵抗だった。でも、この状態で足を広げなければ大の字磔にはならない。
朋美は愛美の左足首を掴んだ。
「さあ、足を広げるのよ」
それをすれば、愛美は少女の最も恥ずかしい部分を夜空に晒すことになる。
「い、イヤっ」
思わず声になってしまった、そんな感じだった。
「イヤ、じゃないのよ。愛美ちゃんは自分で晒し者になることを選んだんでしょ。何もかも晒して恥ずかしい格好になるの。そしてそのまま放置されるの。そういう約束じゃない」
「そんな……」
「ほら、自分で動かすのよ」
朋美が足首を握る手に力を入れた。愛美が足を動き出す。躊躇いがちだが、ゆっくりと広げていった。
「これでいいですか?」
「もっとよ。これじゃ全然見えないじゃない」
我ながら意地悪な言い方だと朋美は思った。何が見えないのか。これ以上続けたら何が見えるのか。それを思って愛美が苦悩する姿がたまらなかった。
「言わないで……ください」
再び、愛美の足が動き出した。こんなものかと思ったところで朋美は綿ロープを巻き付け、愛美が気を抜いたところでもう一度引っ張った。
「あっ!」
左足を外側に引っ張られたことで反対側の右手の肘が伸びた。愛美は足を閉じようとしたのかもしれない。でも遅かった。綿ロープがしっかりと金網に絡みついていた。縄止めを済ませると、
「いよいよ最後ね」
朋美は右足首を掴んだ。愛美はもう抵抗をしなかった。朋美に導かれるままに足を広げる。今度は左手の肘が伸びた。その状態で足首を縛り付けられ、愛美の全裸大の字磔は完成した。
「愛美ちゃん、格好いい」
朋美はまた少し下がって愛美を見上げる。両足の角度は九十度以上に開いていた。人の目線より高い位置に手足を伸ばし切った状態で固定されている姿は、まさに晒し者と言えるだろう。愛美は目を閉じたままだった。
「ご主人様が褒めてあげてるのよ。何か言ったら」
「ああ、見ないで……」
「それは無理よ。愛美ちゃん、全部、丸出しなんだもの」
愛美は、子供が嫌々するように首を振る。
「でも残念ねえ。暗くてよく見えないわ。明るくなるまでこのままにしておこうかしら」
「ひいぃ……」
愛美が一番怖れていることを言い当ててしまったようだ。
「朋美さん、側に。側にいてください」
心の奥底から絞り出すような声だった。目蓋を開き、朋美だけを必死に見つめた。
「あら、ご主人様に命令するの?」
朋美は尚も意地悪だった。
「そ、そんな積もりは……」
「いいわ。でも、愛美ちゃんの立場をわからせてあげないとね」
朋美は脚立を愛美の正面に置き直し、その上に上がった。顔と顔が三十センチくらいの距離にある。愛美の唇が何を求めているのか、読み取るのは簡単だった。
「愛美ちゃんは今、磔の身なのよ」
そう言いながら、朋美の唇が愛美のそれへと近づいていく。
愛美が目を閉じた。
「例えば、こんなこととか」
朋美の指が愛美の乳首を摘んだ。
「あっ」
「洗濯挟みを持って来るんだったわね」
朋美は指先に力を込め、乳首を思い切り捻った。
「ひいっ!」
「ねっ、何をされても抵抗できないの。わかるわね」
「は、はい……」
愛美はただ晒し者にされているだけではない。抵抗する術を奪われていた。全裸の愛美は全くの無防備。目の前にいる者の為すがままだ。
「何かするんですか?」
その質問も当然のことだろう。
「どうしようかなあ」
朋美は曖昧な返事でごまかしながら、乳首を弄んでいた。今度は優しく、指の先で転がすように撫で回す。もう片方の手を愛美の股間へと這わす。何の障害物もない少女の秘園に外敵の侵入を拒む手段はなかった。
「いやっ……」
内股から大陰唇の外周にかけてゆっくりとした動作で這い回る指先。言葉とは裏腹に、その中心部分は受け入れの準備を進めていることだろう。
朋美の中指が、その部分に触れた。
「はふぅ」
愛美が甘い吐息を漏らす。
「もうこんなにしちゃって。愛美ちゃんってどんどんエッチになっていくのね」
「ああ、だって……」
「よく見てごらんなさい。こんなに広い場所なのよ。どこから誰が見ているかわからないわ。そんな場所で磔にされて感じちゃうんだもの」
そう言っている間も、朋美は指の動きを休ませることはない。秘園の滑りを指先に絡め取っていた。
「公園の茂みには浮浪者や痴漢がいるかもしれないわよ」
愛美の目線は周囲を気にしているようで、その実あまり動いていない。見るのが怖いのだと朋美は思った。
「靖史君が来ているかもね。あんなに愛美ちゃんのハダカ、見たがってたし」
「ヤッくんが……」
「そうよ。まだちゃんと見せてあげてないんでしょ」
靖史というのは愛美の幼馴染みだ。今ではカレシでもあり、六日前にロストバージンしたばかりだった。それ以来、体を合わせてはいなかった。靖史は今日ここで愛美が磔にされることを知っていた。朋美が告げていたのだ。
「えっ、でも」
「恥ずかしいのはわかるけど、男の子は見たいものよ」
朋美の指先がいよいよ秘孔へと侵入した。
「あうっ」
「靖史君をここに呼んであげようか」
「だ、ダメ……です。そんな、はずっ、あっ、あああ……」
愛美の様子が妖しくなって来た。朋美の指が一本から二本へと増え、愛美の内側をかき回す。ついこの間までは避けていた行為だが、愛美が処女ではなくなった今なら遠慮する理由もない。乳房を揉みしだく手の動きも激しくなり、ほったらかしだったもう片方の乳首にも朋美の舌が巻き付く。
「ああーん、あん。あっ……いやっ、あん、いい……いいいぃぃぃ。あーん、あっ、ダメっ。こんなところで……いっ、イクの……、ああ、ダメぇーーー」
愛美は、その場所が野外であることを忘れてしまったように喘ぎ出した。いや、そこが野外であるからこそだったのかもしれない。そして、手足を拘束され無抵抗のまま嬲られ続けるしかないという境遇が、愛美をいつも以上に興奮させていたのかもしれない。
秘孔を責める朋美の指があふれ出した愛液でずぶ濡れになる。お返しとばかりに粘膜をかき回す二本の指。朋美はさらに親指を使い、包皮をかき分けてクリトリスへと迫る。膨れあがった肉の芽がさらけ出され、内側の指と挟み撃ちにされて絶体絶命の窮地に立たされる。
「いっ、イクっ。イっちゃう。ああっ、ああああ……」
今まさに絶頂を迎えようとする、絶妙のタイミングだった。
朋美の手が止まる。
舌も乳首から離れた。たった今まで快感を与え続けていたそれらが、それぞれの受け持った場所を放棄した。愛美には何が起きているのかわからなかったことだろう。
「はい、おしまい」
朋美が体を起こした。
「えっ? あっ、そんな……」
愛美が信じられないという表情で朋美を追いかける。乳首はこれ以上ないと言うほどに起っていた。秘園から漏れだした蜜が太ももの内側を伝い膝まで届こうとしていた。口を閉じることも忘れ、顔全体が真っ赤に上気していた。
「朋美さん?」
「これからが放置責めの本番よ。迎えに来るまでひとりで頑張ってね」
「ひ、ひどいです。こんなにしておいて……」
愛美は朋美の意図に気づいたようだ。
「あらあら、ヨダレまで垂らしちゃって」
朋美は舌を出し、愛美の口元を舐めた。
「ああ、またぁ」
たったそれだけの行為が愛美の性感帯を疼かせる。後少しというところで放り出されてしまった体は性的な刺激に飢えていることだろう。
「これで最後」
朋美はポケットからアイマスクを取り出すと、愛美の視界を塞いだ。
「何ですか、これ!」
「どうせ逃げられないんだもの。見えない方が楽よ、きっと」
朋美は脚立から飛び降りた。
「それじゃ、また後で」
「朋美さん……」
朋美は歩き出した。愛美に背を向け、一歩ずつ遠ざかっていく。あの状態で目隠しをされるということがどれだけ不安なことか、朋美はよく知っていた。
「本当は近くにいるでしょ。ひとりになんかしないですよね。朋美さん、側にいるって言ってください。朋美さん……」
そう言い続ける愛美の声が、段々と小さくなっていった。
◇
愛美はひとりにされてしまったことを自覚した。元々が放置責めなのだからこうなることはわかっていた。でも、いざハダカで大の字磔にされてみると、その恥ずかしさは想像以上だった。コンクリートの台に足を踏ん張ることができるので手首のロープが食い込むということはない。肘はまっすぐに伸びているが、引っ張られているという程でもない。朋美の配慮だろうが、それは逆に言えば長時間でも耐えられるということだ。
(そういうことなんですよね、朋美さん)
目隠しも予想外だった。
何も見えない。何もできない。自分はただ無防備に全身を晒しているだけ。朋美もいなくなってしまった今、誰かに見つかったらどうなるのだろう。ひとりにされた時の胸を握りつぶされるような心細さは全裸迷子以来だ。
それでいて朋美に受けた愛撫の残り火が愛美の下腹部を熱くした。後少しだったのだ。とりあえず一回イクことができたら。そう思って身を揉む愛美だが、結局はどうにもならない。現実に引き戻され不安のどん底に逆戻り。その繰り返しだった。
どうせ逃げられないのだからと視覚を奪っていった朋美だが、見えない分だけ想像力が働いてしまう。浮浪者のひとりが全裸で縛り付けられている愛美を発見する。それを仲間に知らせる。そして公園中の浮浪者たちが、このグランドに集まってくる……。
ハダカを見られるだけで済むだろうか。
男たちが欲望を丸出しにして愛美に迫ったとしても抵抗の術はない。愛美にできることは大声を出して助けを呼ぶことくらいだが、この時間帯では誰が気づくだろう。朋美が戻って来るまでに何人の男の精を受けることになるのか。
「ヤダよ。そんなの」
口に出してみたところで聞いている者はいない、筈……?
愛美はわずかに人の気配を感じた。ひとりにされてからどれくらい時間が経っているのかわからない。朋美が戻って来たのだろうか。それにしては早すぎる気もする。まさか、愛美も想像が現実になっているのか。
「朋美さん……?」
返事はない。誰かがいるという確信があるわけではなかった。野外でこんな格好をしているから、ちょっとした事にも敏感になっているだけかもしれない。人の気配と言っても直感的なものに過ぎない。思い過ごしかもしれない、いや、そうあって欲しいと願った刹那、それは絶望的な足音となって愛美に近づいて来た。
「だ、誰かいるの?」
そう言っている間にも、その誰かの体温を感じた。朋美が愛美を愛撫する時に使った脚立に載っているのだろう。愛美は背筋が凍り付くのを感じた。
「朋美さん、朋美さんなんでしょ」
相変わらず答えはない。バックネットの金網が揺れた。正体不明の誰かが掴んだらしい。次の刹那、愛美は唇を奪われた。
(朋美さん……じゃない?)
愛美は半信半疑だった。さっきはとうとうキスをしてくれなかった朋美。今、愛美の唇に触れているそれは決して強引ではなく、むしろ優しさを感じさせた。前にも経験があるようでいて、初めてのようでもある。舌使いもどことなく遠慮がちだ。朋美だったら拒否するわけにはいかない。でも、もし他の人だったら……愛美は戸惑いを抱えたまま舌に応じた。
愛美は乳房に触れるものを感じた。成長途上の膨らみは両手を広げたことによってさらに小さくなっていた。それに比べて乳首だけが異常に硬く尖る。さっき、朋美の愛撫を受けた時に起ったままだ。ちょっと摘まれただけで全身に電気が走る。そこから発生した疼きが根を下ろし、体内の性感帯を伝って花芯にまで届く。濡れたまま放置されていた花の奥から、新たな蜜を滲ませる。愛美の全身は快楽に飢えていた。指先の感触に多少の違和感を覚えながらも、そのまま流してしまうほどに。
「ああーん」
恥ずかしい息が漏れた。これで相手が朋美でなかったらどうなるのだろうか。愛美にはそれを考える余裕すらなくなっていた。
唇から離れた舌が追い打ちを掛ける。反対側の乳首に軽くキスをすると、舌先を器用に使って乳首の根本を舐め上げる。乳輪に沿って渦を描くように舐め回す。乳首本体への刺激を後回しにされ、愛美は焦れた。
「イヤッ。あっ、そんな……」
それを待っていたように乳首がすっぽりと包まれた。相手の口の中に収まったのだろう。生暖かい空間の中で舌先に弄ばれているのを感じた。指先の刺激より何倍も柔らかで官能的な疼きが積み上げられていく。
「ああっ、ああああああ……」
濡れそぼった花芯に何かが触れた。目の前にいる誰かの指であることは間違いないだろう。そっと壊れ物を扱うような手つきだ。指先でその部分の滑りと、おそらくは入り口を探しているようだ。相手にとっては手続きのひとつかもしれない。それでも少女の情欲を煽るには十分な行為だった。期待も含め、愛美はいよいよ臨界に近づいた。
(イカされちゃう。こんな場所で、こんな格好でイカされちゃうんだ)
優しい指使いが秘孔の入り口を突き止め、その中に潜り込もうとする。
「あうっ」
少し入っては止まり、愛美の様子を伺っては、また侵入を開始する。ついさっき、クリトリスを内外から挟み撃ちにしたのとは大きな違いだ。
「えっ、まさか……」
その口をキスで塞がれた。
(これって、朋美さんじゃないの?)
愛美の中でその疑問が再浮上した。だったら誰? いや、誰かが問題なのではない。ここにいるのは朋美でなくてはらないのだ。無抵抗の愛美の口を吸い、秘部を弄ぶ者が見も知らぬ誰かだったら……
(朋美さんなんでしょ。わざと他人のようなふりをしているだけなんでしょ)
セックスの時にすることなんて誰でも大して変わらない、と少なくとも愛美は思っていた。微妙な違和感は、朋美が怖がらせようとしてやっているのだと思いたかった。今日のことを知っている者は限られている。偶然人が通りかかるような場所でもない。この舌も、この指も、朋美のものに違いないと愛美は言い聞かせた。
秘孔から抜け出した指が入り口付近で待機する。そこに全く別の何かが触れた。指よりも太くて堅く体温を持った何か。処女ではないというだけで経験の浅い愛美にも、それが勃起したペニスであることは明らかだった。
「イヤああああああーーーー」
アイマスクの下で愛美は目を見開いた。
朋美さんじゃない。
朋美さんじゃない。
朋美さんじゃない。
それだけでパニックに陥る。愛美の秘孔に突き立てられたペニスは今にも侵入を果たそうとしている。どこの誰とわからない男に唇を許し、よがり声をあげ、イカされる寸前にまで追いやられた。そしてさらに最悪の事態が起きようとしている。
そんなバカな……
放置責めと言っても朋美は近くにいてくれる筈だ。こんなことにはならないように見守ってくれているものと思っていた。それなのに……
ペニスが侵攻を開始した。
愛美は本気で手足を引っ張った。金網の擦れ合う音がするだけで綿ロープが緩むわけもない。わかっていたことだが、やめるわけにはいかなった。
でもそれは大した抵抗にならない。手足を四方に伸ばした形で縛られているのだ。遊びはほとんど無い。愛美がどんなに力を入れても位置的には殆ど動いていないのだ。ペニスの侵入を阻む役には立つべくもない。
一週間前に靖史のモノを迎え入れたばかりの場所に異物が入ってくる。愛美はそれを拒めない。しかもその場所は受け入れの準備を整えていた。
「ヤダ! こんなのダメ。 やめ……」
最深部までペニスを埋め込むと、男は両手で愛美の頭を押さえ、唇で声を塞ぐ。
「うぐぅ、ううっ」
その唇は優しかった。とても見も知らぬ陵辱者のものとは思えない。むしろ懐かしささえ感じさせた。
(靖史? これ、もしかして靖史じゃ……)
朋美も言っていた。靖史をここへ呼ぼうかと。今日のことを知っている者は限られている。他には兄の芳樹と母の君枝だけだ。実の兄のこのようなことをするわけがない。芳樹は朋美のカレシでもあるのだ。「ヤッくん」と声を掛けたがったが、口は塞がれたままだった。
男(靖史?)が腰を使い出す。ゆっくりとした動作で秘孔を出入りし始めた。体はすでに敵対視を止めていた。愛美の戸惑いとは無関係に異物を迎え入れている。性感帯の集まった部分を内側から攻撃されては崩壊を逃れようもない。意識のすべてがその部分に集中していく。出入りの速さが増していく。単調だが力強さが加わった。それに従って男(靖史?)の息も荒くなっていく。
「ああっ、ま……」
一瞬、口が離れた。
「ヤッくん? ヤッくんなんでしょ。お願い、返事をして」
愛美が一気に告げた。
「そうだよ。俺だよ」
アイマスクが外された。目の前にある靖史の顔。愛美の目から涙が溢れた。
再び重なるふたつの唇。正体を明かした靖史には遠慮がなくなっていた。愛美の口の中を舐め尽くさんばかりに暴れ回る。愛美もそれに応える。靖史は愛美の頭を抱え込み、大事なものを慈しむように舌と唇の動きを加速させた。
「ああん、もう。怖かったんだよ」
両手が自由だったら靖史の胸をこぶしで叩いていたところだろう。
「ごめんよ。朋美さんに声を出しちゃダメだって言われたんだ」
唇を話した靖史だが、腰の動きは止めていなかった。
「わかってる……きっと、そうだって」
「本当にごめん。俺もちょっと面白いかなって思って、それで……」
「後で、ひどいぞ」
靖史は花芯への責めを休めることなく、愛美の首筋に舌を這わす。全身が性感帯になっているのか、どこを舐められても感じてしまう愛美だった。
「やあーん、ああ、くすぐったい」
首を傾けて避けるのが精一杯だ。
「俺、どうしても愛美ちゃんのハダカが見たくて。今頃ハダカで磔なんだって思うとじっとしていられなくて、朋美さんにお願いしたんだ」
靖史が耳元で言う。
「ずっと見てたのねえ」
「だから、ごめんって。でも暗くてよく見えなかった」
「ホントに?」
「ウソじゃないよ。ハダカなのはわかったけど、細かいところなんか全然……」
「もう……で、デリカシーが、無いん……だから」
まともな会話になったのはそこまでだった。
靖史の指が胸のサクランボを挟み、弾力を楽しむように押しつぶす。限界まで尖っていたそれは必要以上に敏感だった。靖史が突き上げる下半身の刺激と合わさって相乗効果を生み、体の奥底で快感を練り上げて脳天に戻す。
「ひいぃ、ダメぇ。ああ、あっ……いやっ、いい……いいいぃぃぃ」
靖史の様子も妖しくなってきた。
「愛美ちゃん、俺も……」
「ダメっ……もっと。もっと愛して」
「愛美ちゃん、愛してる。大好きだよ、愛美ちゃん」
「私もよ。ヤッくん……私も」
靖史の腰の動きが一際大きくなった。秘孔を出入りする速度も上がり、肉と肉が激しくぶつかる。ふたりとも大粒の汗にまみれ、愛美の股間からはあふれ出した愛液が飛び散る。靖史は両手で愛美の腰骨を掴み、怒張し切ったペニスを限界以上に押し込む。
「俺、もう、愛美ちゃん……」
「ヤッくん、ああ、いいいっ……あっ、ダメっ、イっちゃう。ああっ、ああああっ、イクっ、イクっ、イっちゃう、イックうううぅぅぅ……」
◇
「妹のエッチを見るのってどんな心境なのかしら?」
朋美は車の助手席から運転席の芳樹に話し掛けた。芳樹はリクライニングシートを目一杯倒し、両肘で頭を抱えている。そこから見える範囲など知れていた。
「全く、悪い趣味だよな」
芳樹は背を向けた。
「いいじゃないの。愛美にとってもこれが幸せなんだから」
助手席の後ろにいた君枝が口を挟む。
「母さんの頼みじゃなけりゃこんなことしてないよ。あのヤロウ、後で絶対殴ってやる」
芳樹がこぶしを握りしめた。
朋美は助手席の窓からバックネットに目をやる。と言っても、そこからは百メートル以上離れていた。朋美たちが乗っている車はポジションで言えばセンターの後方、つまり愛美が磔にされている場所とは正反対の位置に停車していた。
「ホント、趣味悪いよね」
「なんだよ、急に」
芳樹が体を起こした。
「何だかんだ言っても、よくガマンしているなって思ってさ」
朋美は振り返る。でも、芳樹の視線は朋美の脇を素通りした。遠くの光景に少しだけ目を留めたようだが、すぐにまた肘の間に頭を挟み、シートに寝そべって背中を向けた。
「どうせ俺が何言ったって露出するんだろう」
「それは……そうね」
「あいつは強情だからな。無理やり止めるなんてできねえよ」
「さすがお兄ちゃん。よくわかっていらっしゃること」
朋美は君枝と顔を合わせ、口元を緩めた。
「でも驚いたなあ。芳樹に妹さんがいるというのは聞いていたけど、あんなかわいい子だったなんて」
朋美は悪戯っ子のような視線を芳樹に向ける。
「驚いたのはこっちだよ。いきなり愛美に全裸迷子をさせるから協力しろって言うだからな」
一週間前の深夜、愛美を全裸にして車に乗せ見知らぬ場所に放り出した。どこだかわからない場所から朋美のマンションまで、そのままの格好で歩いて来いというわけだ。愛美がご主人様(朋美)の言いつけを破ったお仕置きなのだが、中学生の女の子には危険過ぎる行為に違いない。それとわからぬように見守ってやるしかなかった。朋美ひとりでは手に余る。それで芳樹にも手伝って欲しいと頼んだ。
「またその話? いいじゃない、もう終わったんだから」
「人の気も知らないで」
芳樹が寝返りを打ち、朋美を睨んだ。
「妹のハダカ見ておちんちん大きくしながら言っても説得力がないわよ」
朋美はズボンの上から芳樹の股間を撫でる。
「こいつ!」
「きゃっ」
芳樹が朋美の腕をとって引っ張り、抱き寄せた。短い悲鳴をあげて倒れ込む朋美。抵抗をしようとしない。むしろ手のひらを芳樹の胸に当てた。
「ねえ、私が他の男とエッチしてても、今みたいに見守っていてくれる?」
「さあどうかな。あっさり捨てちまうんじゃないか」
「やーだ、そんなの。愛美ちゃんばっかりズルくない?」
朋美は上体を反らし、芳樹を睨んだ。
「妹とカノジョは違うだろう。何だ、お前。妬いているのか」
「だってぇ……」
「朋美にもそういうところがあるんだな。見直したよ」
「何よ、それ。私のことバカにしてるでしょ」
「お前は謎の女だってことさ」
「もう……」
朋美は芳樹の目つきが変わっていることに気づいた。
会話が途切れた。見つめ合う目と目。どちらからともなく唇が近づいていく。
「ねえ、私がいること、忘れてない?」
君枝の間の抜けた声がした。
「母さん!」
「やだぁ、私ったら……」
朋美は助手席のシートに隠れ、背中を丸めた。
「あんたたちって本当に不思議よねえ。今までどんな付き合い方をしてきたのかしら」
君枝は窓の外を見ていた。
その先では、愛美がまだ磔にされたままだった。
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