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第1話 芳樹との出会い

 朋美は高校の入ると、陸上部にスカウトされた。愛美と出会う一年以上前のことだ。越境入学だったが、全国中学生陸上競技大会短距離の部で優勝した実績は、ここ清心女子大附属高校にも届いていた。陸上が特に好きだったわけではない。朋美にとっては、賞状もトロフィーもオマケに過ぎない。ただ走ることが気持ち良かった。
 日曜日の朝、運動公園では大勢の人たちが汗を流していた。朋美がジョギングの途中立ち寄ったその場所は、野球場や陸上競技場の他にテニスコートが六面、バスケットボールやバレーボールなど多目的に使われるコートが四面、総合体育館、プールも三つ設けられていた。
「何だ、こいつ。もういちど言ってみろ」
 その声はテニスコートの方から聞こえた。
 フェンス越しに一人の少年と十数人の男女が向かい合っていた。コート側にいるのは大学生のサークルだろうか。ブランド物のテニスウェアにマークの入ったラケット。格好だけなら一流のテニスプレーヤーだ。
 年齢は少年も同じようなものだろう。ジーパンにティシャツのラフな格好だ。どちらもワゴンの安物らしい。身長は、その中の誰よりも高かった。
「いいじゃん、これだけいるんだから、一人くらい貸してくれても」
 サークルの女の子たちは、後方で一つに固まっていた。
「練習の邪魔だ。向こうに行ってくれ」
 サークルのリーダーらしい男の子が前に出て来て言った。他の者からは「キャプテン」と呼ばれていた。それで騒ぎを収めるつもりだったようだが、
「たかが玉遊びで熱くなるなよ」
「なんだと。でかい口を叩くならそれなりの腕を持っているんだろうなあ」
 外にいた少年がコートの中に入っていく。ラケットを渡されてベースラインに立った。成り行きで試合をすることになったらしい。大した興味もなかったが、朋美はベンチに腰掛け、両手を後ろについたまま、見るともなく見ていた。少年はラケットを下げたままだ。どうみても棒立ちだったが、立つ位置は間違っていなかった。
「俺が勝ったら、一人貰っていくぜ」
「そんな口は、このサーブを返してからにしてもらおう」
 トスが上がる。キャプテンと呼ばれていた男の子は豪快なフォームから強烈なフラットサーブを放つ。コートのセンターを直撃。少年は黙って見送った。素人目にも、他のコートでストロークをしているプレーヤーとはレベルが違うようだ。
「フィフティーン=ラブ」
 いつの間にか、サークルの一人が審判台に上がっていた。
「やるじゃねえか」
「ラブゲームで終わりにしてやる」
 再びトスがあがる。少年は腰を落とし、ラケットを真っ正面に構えた。フラットサーブがセンターへ。誰もが決まった思った瞬間、少年の体が動いた。フォアハンドがスイートスポットにボールを捉え、相手コートの左端へはじき返す。一本目のお返しばかりにレシーブエースが決まった。
 審判もコールを忘れていた。
「フィフティーン=オール……だよな」
 少年が言う。朋美は立ち上がっていた。テニスの経験はなかったが、サービス側が有利であるというくらいの知識はあった。自分でも気づかない内に、朋美はコートに近づいていた。
 結局、キャプテンのサーブがエースを取ったのは最初の一本だけだった。後は一方的な展開になり、フィフティーン=フォーティからワンポイント返しただけで、このゲームは少年がブレイクした。
「まだ、やるかい?」
「なんだと」
 レシーブの位置についたキャプテンだが、本当はもうわかっていたのだろう。少年のサーブがコートに突き刺さると同時に膝を付いていた。
「どうやらこれで終わりみたいだな」
 少年がラケットを置く。
「約束通り、一人借りるぜ」
 女の子たちの固まる方向に歩いていく少年を、他の男の子たちは止めることができない。少年は女の子たちの前で止まったが、ふと目を逸らし歩き出した。
「この子でいいや」
 少年はフェンスから出ると朋美の手を取った。
「えっ、私……」
「見てたろ。一緒に来いよ」
 少年にも、朋美がサークルの一員ではないとわかっていた筈だ。その目がそう言っていた。女子の中では背が高い方の朋美だが、少年の肩にしかならない。乱暴な物言いではあったが、近くでみるとなかなかのイケメンだ。
「いいわよ」
 朋美は少年の手を握り返し、引っ張った。とりあえず、その場所から離れたかった。
「えっ、いいのかよ」
「何よ。あなたが誘ったんでしょ」
 少年の方が面食らっていた。単なる自信過剰のボウヤではなさそうだ。テニスコートから見えなくなる場所まで移動すると、自分から名乗った。
「俺、榊原芳樹。お前は?」
「私は朋美、栗田朋美よ。よろしくね。ナンパテニスプレーヤーさん」
「ああ、汗を掻いたよ」
 芳樹は、朋美の皮肉にも動じる様子を見せない。
「朋美もジョギングの途中みたいだな」
「いきなり呼び捨てなのね。ま、いいけど」
「なあ、体、冷えてないか」
「そんな回りくどいこと言わなくても、ラブホに連れ込みたいなら行くわよ」
「わおぅ、マジ?」
「どうせそのつもりなんでしょ」

 三十分後、二人はホテルの一室にいた。
 朋美がシャワーを浴びている間、芳樹は大人しくベッドで待っていた。後からバスルームに入って来るものと思っていたのだが、拍子抜けだ。朋美がバスタオルを体に巻いてベッドの脇に立つと、
「俺も入ってくるか」
 芳樹がバスルームに消える。その様子は逃げ出すようにも見えた。
(あいつ、もしかして童貞だったりして)
 そんなことを思いながら、朋美はベッドに腰を下ろした。背も高く、なかなかのイケメンでテニスもうまい。女の子にモテてもおかしくない筈だが。それとも遊び慣れた余裕なのだろうか。
 間もなく芳樹が出てきた。腰にバスタオルを巻いていた。ハダカになると胸板も厚い。スポーツマンなのだろう。引き締まった体付きだ。股間はすでに盛り上がっている。とりあえず、膝が震えているというわけではなさそうだ。
 朋美は思わず、口に手を当てて笑みを漏らした。
「何がおかしいんだよ」
「ごめん、ごめん。もしかしたら、あなたが怖がっているんじゃないかと思って」
「そりゃあ怖いさ。こんなところにホイホイと着いてくる女だからな。正直、俺の手には負えないかもしれないって思ってるよ」
「まあ、逃げてもいいのよ。今なら間に合うわ」
 朋美は女子高生とは思えないセリフを芳樹に向けた。
「そんな勿体ないことするかよ」
 芳樹は朋美の手を取って立たせた。素直に従う朋美。最初は立ったままキスをするつもりなのだと思った。
「バスタオル、取れよ」
 芳樹が一歩下がった。
「私のハダカが見たいの?」
 朋美は半身になってバスタオルの胸元を押さえる。
「ああ、朋美のおっぱいは大きそうだもんな。服の上からだってわかるぜ。まずはそのナイスバディを拝ませて貰おうか」
「いやらしい言い方をするのね」
 そうは言いながらも、朋美はバスタオルの押さえを外す。半身のまま前を広げたところで芳樹を見る。まだどこも見えていないはずだが、その目が食い入るように朋美を凝視していた。男の子にとっては期待の瞬間なのだろう。朋美がウインクして見せると、芳樹は鼻の頭を掻いた。
「ホント。正直なんだから」
 バスタオルが朋美の足下に落ちる。
 胸にあった手を腰の両側に下ろし、朋美は体を芳樹に向けた。真っ白なふたつの膨らみは、空気の詰まった風船のように今にもはち切れそうだ。引き締まったウエスト。肉付きの良い臀部だが、決して余分な肉は付いていない。
 芳樹の目は釘付けになり、言葉を無くした。
「もう、私だって恥ずかしいんだからね」
 朋美は足を踏みだし、芳樹の首に両手を回した。抱きついたというより、視線から逃げたと言った方が正しいかもしれない。
「なんだよ。もっと見せてくれよ」
 芳樹が思い出したように不満をぶちまける。
「いやよ。本日のサービスタイムは終了しました」
「ちぇっ」
「何よ、それ。今度はあなたの番なんだからね」
 言うが早いか、朋美は芳樹の足下に膝を付き、腰のバスタオルを勢いよく剥がした。
「なっ!」
 芳樹のペニスが直立する。竿の部分には血管が浮き上がっていた。包皮からは亀頭がしっかりと顔を出し、痛々しい程に張り詰めている。
「まあ、立派だこと」
 朋美の鼻先で肉塊が揺れた。それを隠そうとする手を払い除け、朋美は睾丸袋の重さを量るように手のひらへ載せる。ペニスの先端がさらに上を向いた。
「なんか、苦しそうね」
「そ……そうでもないぜ」
「だって、ほら」
 朋美が人差し指をペニスの裂け目に当てる。わずかだが指先が濡れた。いわゆるガマン汁というやつだ。もう少し刺激してやれば、さらに大量の液体を吐き出してしまいそうだ。
「だから何だよ」
 芳樹は腰を捻ろうとするが、朋美は両手で竿を握り離さない。
「やせ我慢しちゃって。もっと気持ち良くしてあげるわよ」
 悪戯っ子のまなざしで見上げる朋美。芳樹は仁王立ちで動かない。何かのまじないでもかけられたかのようだ。
 朋美は、唾液に濡らした指先で亀頭を撫でた。まだ皮が剥けたばかりなのだろう。芳樹の腰が細かい反応を示す。お尻の肉にも力が入っているようだ。両足を広げて突っ張り余裕を見せようとする芳樹だが、腰の両側で握りこぶしが震えだした。
(あまり経験がないみたいね)
 朋美はペニスの先端に口づけた。
「あうっ」
 芳樹の体がこわばる。その反応を楽しみながら朋美は舌を出し、亀頭の下側の盛り上がりから先端に向かって舐め上げた。
「うぐぅ……」
 芳樹のこぶしが開きペニスの両側に迫るが、あと少しというところで動きを止める。へっぴり腰で遠ざかろうとする下半身を朋美が追いかける。それら弱気な動作に反して、腰に生えた肉の塊だけが勢いを増す。針で刺したら破裂しそうだ。
「だらしないのね。少しはジュニアを見習いなさい」
 朋美は指先で亀頭を押し下げ、離す。反発力を発揮して縦に大きく揺れるペニス。芳樹のジュニアはきかん坊になっていた。
「な、なんだと」
「いいから、いいから」
 朋美はペニスを持ち上げて裏側の筋に沿って舌を動かす。余った方の手で睾丸袋の下から股の間、ペニスの付け根へと指先を這わす。堅さを増した肉塊の右側に頭を回り込ませ、竿の部分を唇と舌で愛撫する。ゆっくりと丁寧に、ほんの少しの舐め残しも出さない。
「ううっ」
 芳樹の息がくぐもる。朋美はその表情とペニスの先端を見比べながら舌を動かした。
「どお、気持ちいい?」
「バカやろう。そんなこと言えるか」
「じゃあ、やめるわよ」
 口ではそう言うものの、朋美はペニスを離そうとしない。
「そ、それは……」
「正直なのは、この子だけね」
 朋美は、ペットの頭を撫でるような仕草で亀頭を手のひらに包んだ。
「わ、わかった。まかせる」
 芳樹にはそれが精一杯だったのだろう。朋美もそれ以上は求めない。頭を正面に戻し、亀頭の先端をくわえた。口の中で確かな反応を見せるペニスだが、すでに囚われの身となっていた。朋美は喉の奥まで飲み込み、肉塊を包み込む。
 芳樹の吐息が小刻みになり、苦しげに吹きこぼれた。
「うううっ」
 頬と上下の唇を使って竿の部分を圧迫し、あるいは擦り上げていた朋美だが、一転して口から抜くと、舌先を尖らせて鬼頭の先端を責めた。縦割をこじ開けるように舌を動かす。皮から出て日が浅いからか、この部分を責められることに慣れていないのか、芳樹の手が朋美の頭を押さえにかかる。が、力はない。目的を果たせないまま朋美の責めを受け続けた。
「すげぇ、朋美、すげぇよ」
 朋美は舌を引き、さっきとは反対の左側に回り込んで傘の裏側に舌を入れた。自慰行為でも触れることのないような部位だ。耐性ができているわけもない。芳樹の手のひらに少しだけ力が加わったが、本気の抵抗ではなかった。
「あぐぅ、おっ、俺もう……」
 芳樹のそれは、朋美の経験の中でも硬く大きな部類には違いなかった。が、それでも敏感過ぎるようだ。時折、跳ねるような動きが限界の近いことを知らせていた。
「どうする? 口の中で一回出しちゃう?」
 そう言っている間も、朋美はペニスを手に持ち替えて刺激を続けた。
「うおおおおおおぉぉぉ……」
 芳樹はこの機会を待っていたとばかり腰を落とし、朋美の体をお姫様だっこで抱え上げる。
「あん!」
 びっくりして芳樹の首に手を回す朋美。
 芳樹は全裸の朋美をそのままベッドに押し倒した。ペニスは限界にまで肥大し、納まる場所を求めていた。前戯も何もあったものではない。芳樹はただ本能のままに動いていた。乳房を揉みしだき、胸の谷間に顔を埋め、ハダカの体を押しつける。
「朋美、朋美!」
 息が詰まる程に抱きしめられた。
 芳樹の手が股間をまさぐる。朋美のその部分は適度に滑りを帯びていたが、怒張したモノを受け入れるのに十分とは言えなかった。
「芳樹っ!」
 その名を呼んでみた。
(うん、わりといい感じかも)
 その声に呼び出され、芳樹が覆い被さる。二人の唇が重なった。順番が逆になってしまったが、ここにきて初めて口づけを交わす。舌が絡み合い、唾液が混ざり合う。お互いの口の中をすべて舐め回すような激しいキスだった。
(いいのかな、芳樹……)
 芳樹の唇が離れ、朋美の頬から首筋へと這っていく。朋美の口の中で欲情した肉塊も少しだけ余裕を取り戻したようだ。
「あふん……」
 朋美の口から甘い吐息がこぼれる。驚いたのは朋美自身だ。自分にもまだこんな声が出せるのだと、胸がざわめいた。
 芳樹は右側の乳首にしゃぶりついていた。朋美はその頭を撫でながら、
「ね、ねえ。なんで……私、だったの?」
 返事はない。芳樹は左側の乳首の先端に指先を当て、右へ倒し左へ倒ししながらその弾力を楽しんでいた。
「ああ、あんなに……かわいい子、いたのに」
 テニスコートにはサークルの女の子が何人もいた。みんな、かわいい子ばかりだった。
「なんだって?」
 芳樹が乳首から口を離す。それを待っていたかのように朋美は両手で芳樹の頭を押さえ、自分の方を向かせた。
「だから、なんで私を選んだのって聞いてるの?」
 喘ぎ声の混ざらない、真剣な問いだった。
「まじめに答えないとダメか?」
「えっ、ええ」
「それじゃお前はなんでここにいるんだよ」
 思わぬ逆襲に遭う。朋美は思わず芳樹の視線を避けた。
「何となく、かな。他にすることもなかったし……」
 正直な話だった。朋美にとってラブホテルはその程度の場所でしかない。
「だったら、それでいいじゃないか」
 芳樹が乳首をくわえ直し、軽く歯を立てた。
「はぐぅ」
「俺はこのおっぱいが気に入ったから……でもいいや」
「そんなの……ああっ」
 芳樹は乳首の根本で上下の歯を交互にスライドさせた。甘い痛みが体に染みこんでいく。花芯が疼き始めた。粘膜の欲求が背筋を駆け上がり脳にまで届く。朋美の思考能力が奪われ、女の本性が見え隠れする。
(気に入った……? おっぱいを……?)
 芳樹が朋美の股に膝を入れた。秘部の滑りを確かめながらも、舌は乳房から離れない。膨らみの麓で渦を描くように舐め回す。前髪が乳首をくすぐる。もう片方の乳房には指が食い込んでいた。
「あああっ、芳樹、私を……」
 朋美の膝を持ち上げ、その真ん中に体を入れる芳樹。名残惜しそうに乳房を離れ、舌先が下腹部へと下りていく。そこはすでに無防備だった。
(愛してくれるの?)
 舌先が茂みをかき分け、さらにその下へ向かう。出会ったばかりの男に、朋美は少女の羞恥を晒そうとしていた。至近距離から肉ヒダを数えられるほどに。
「ああーん、ダメっ。見えちゃうよお」
 朋美の手が芳樹の視線を妨害した。
「そんなタマじゃないだろう」
 芳樹がその手を荒々しく払いのける。股間に埋めた唇は、肉の芽を包皮ごと包み込んでいた。
「あふっ」
 秘孔の奥から甘い蜜がにじみ出す。男を受け入れるには十分な量だった。惹き付けられた芳樹は花芯へと侵攻する。そしてその入り口に吸い付いた。
「いやっ、あっ、ダメっ。そんなとこ……ああ、ダメぇ」
 朋美は股間でうごめく芳樹の頭に手を置く。芳樹はそんなことにはお構いなく、舌先を尖らせて肉ヒダの谷間を舐め上げる。普段は外気にすら触れることのない肌に与えられた刺激が朋美の体を溶かしていく。
「はふぅーん。ああ……いいっ。いいわ、芳樹。それっ……あっ、い、いいのぅ」
 言葉の通りだった。朋美の花芯は蜜の薫りを漂わせ、役割を果たす準備を整えた。
「いくぜ」
 同意を待つこともなく、いきり立った肉の塊が秘孔の入り口に鉾先を突きつける。それを待ちこがれていたように粘膜が震えた。
「きてぇ。芳樹」
 その部分にゆっくりと押し入ってくるものを感じた。
 朋美は腰の両脇でシーツを掴む――この瞬間が何よりも好きだった。自分のこの男と結ばれる。この男の物になる。もう一人ではないのだと、そう思える瞬間だった。
「よしきぃーーー」
 後になって裏切られることは何度もあった。それでもこのわずかな時間だけは、新たな恋の予感に酔うことができた。
(今だけ。今だけでいいから私を真剣に愛して)
 ペニスが根本まで食い込む。朋美は息を詰まらせた。愛液で満たされた肉穴をいっぱいに満たされ、その幸せを噛みしめる。芳樹は動かない。自分と同じことを考えているのだろうか。朋美は、このまま時間が止まって欲しいと願った。
 芳樹が両手を朋美の頬に当てた。再び重なるふたりの唇。深く絡み合う舌と舌。上と下、両方で繋がりふたつの体をひとつにしようとする。朋美の手がシーツを離れ、芳樹の背中に回った。
 唇を吸い続けたまま腰をゆっくりと使い出す芳樹。
 秘孔を出入りするペニスの感覚に朋美の下半身が痺れる。乳首を噛まれるような外側からの刺激とはまるで違う。体の奥に埋め込まれたセンサーを直接触れられているみたいだ。その部分に快感が根を下ろし、その先端を全身に伸ばしていく。芳樹の腰が一度動く度に広がっていく。
「愛していると、言ってくれないの?」
 朋美は喉の奥で言葉を飲んだ。行きずりの恋。その場限りのセックス。そんな冷静な判断ではない。もっと別の何かが警告を出していた。
 腰の動きが速くなる。芳樹の息も荒くなり唇が離れる。唾液が糸を引いた。
「あああっ、あん……あっ、あふぅ、はぁ、はぁ、はあーーーん」
 快感の根がいよいよ全身に張り巡らされたようだ。空気の詰まった風船のようにどこを触れられても素肌が疼く。指で触れられれば指の痕が付き、舌で舐められれば舌の痕が残る。そんな感覚だった。
 朋美の体が宙に浮いた。芳樹が持ち上げたのだ。
 芳樹は足を伸ばし、お尻でベッドに座り込むと朋美を膝の上に抱えた。ふたりは胸を押しつけて抱き合い唇を求め合う。脇腹も背中も剥き出しで、素肌という素肌にお互いの温もりが伝わる。
(この人に抱かれているんだ)
 朋美の中で暴れる肉塊をより強く意識した。
 芳樹は仰向けに倒れる。騎乗位に変わり、朋美の白桃のような乳房が揺れた。前屈みになると胸からこぼれ落ちそうだ。見上げる芳樹には壮観だったことだろう。下から腰を突き上げるのも忘れて真っ白な膨らみに目を奪われていた。
 朋美が胸を抱き、芳樹を見下ろす。その眼差しに気づき芳樹は少しだけ視線を逸らしたが、すぐに朋美の手をはね除け、顔を出した乳房を両手で掴んだ。
「これは俺のだからな」
 朋美にはその言いぐさがおかしかった。
(いいわよ。あなたにあげる)
 朋美は芳樹の手の甲に自らの手のひらを当て、白い果実に押しつけた。
「ああーん」
 自然と漏れる吐息が芳樹の欲情をそそる。乳房を揉みしだく動きが激しくなった。芳樹の指先が肉のたわみに飲み込まれていくようだ。乳肉の全体を包み込もうとするが、成人男子の平均値を超えている芳樹の手にも、そのすべてを掴みきることはできない。
(そのかわり大切にしてね)
 朋美は胸から刺激に背中をのけぞらせた。
「はあっ、ううーん。はん……あああっ。ああ……」
 腰をくねらせたのは全くの無意識だったが、芳樹の下半身に催促をする形となった。朋美の中に収まっていたペニスが思い出したように活動を始める。下から突き上げるのではなく、グランインドしながら秘孔の奥をゆっくりとかき混ぜる。朋美もその動きに合わせて腰を押しつける。快楽の追求には余念がなかった。
 芳樹はまだ朋美の乳房から手を離そうとしない。時折指を伸ばして乳首に悪戯したりもしたが、その動作の殆どが乳肉をもみほぐしていた。朋美は喘ぎ声を押し殺し、下半身に力を込めた。膣を絞ってペニスに逆襲を試みたのだ。
「あぐうっ」
 その効果はすぐに現れた。
 芳樹は体を起こし、朋美を抱きしめたまま前のめりになる。朋美の膝を裏側から掴み、左右に大きく広げてたまま上半身へと押しつける。肉塊をくわえ込んだ秘園が無防備に晒され、秘孔を出入りする動きも活発になる。
「はああああああぁぁぁ……、ダメっ。ああ、はあーん、あん、あん、はあああ……」
「朋美っ、俺。朋美」
 芳樹の集中攻撃がいよいよ佳境に迫った。
 大股開きの朋美だが、そんなことを気にしている余裕はない。目の前で芳樹が汗にまみれていた。肉のぶつかり合う音が大きくなる腰に叩きつけているようだ。理性を持った生き物とは思えない。生命の本能に任せた行為に浸っていく。子宮を突き上げられていることも意識の中からは消えていった。体全体が快感に酔う。
「来てっ、芳樹。ああっ」
「朋美、うううっ、ともみぃーーー」
「ひいぃぃぃーーー。イクっ、はあっ……ダメっ、芳樹。イク。イっちゃう。あああ……、いいっ、イヤっ、あああっ、イクっ。イっちゃうぅぅぅ」
 人の言葉が意味をなさなくなっていく。若い肉体が絡み合い、意識の境界が曖昧になる。ふたりの性感が、今まさにシンクロしようとしていた。
「ともみぃーーー」
「よしき! よしきぃーーー」
 朋美にとっては、久しぶりの何もかも忘れた昇天だった。

 薄明かりの下、ベッドに仰向けで天井を見上げる芳樹。その肩に頭を載せ、胸板に手を置く朋美。指先が「の」の字を描いていた。愛し合う男女がセックスの余韻に浸る、ごくありふれた光景だったに違いない。
「お前、すげえな。娼婦みたいだ」
 朋美は間を置いてから答えた。小さな声だった。
「ひどい言い方するのね」
「あっ、悪い。そういう意味じゃないんだ。経験が豊富というか、男の扱いに慣れているというか、その……」
「どっちにしても、女子高生に言う言葉じゃないわね」
「ええっ、女子高生だったのかよ。俺より年上かと思っていた」
 芳樹は朋美の脇で上半身を起こした。
「そう言うあなたはいくつなの?」
「十八歳だけど」
「私よりふたつも年上じゃない。私ってそんなにオバンかしら」
 朋美は芳樹に背中を向け、両手を頬に当てた。指先でさりげなく目尻を気にした。年齢はこの当たりに現れると何かで聞いたことがある。
「ここに来るまでは普通の女子大生だと思っていたよ。まさか、あんなにすごいなんて」
「やだぁ、もう」
「でも、俺より上手なのは確かだろう?」
「そう……みたいね」
 朋美の声が小さくなった。芳樹もその変化に気づいたようだ。
「俺、また何か悪いこと言ったか?」
「うん……ま、いいか。私ね、中坊の頃、不良してたのよ。家には殆ど帰らないで男のアパートを渡り歩いて、何人とエッチしたか覚えてないくらい。名前を知らない子ともしちゃったし……信じられないよね」
 朋美は背中を向けたままだった。何の反応もない芳樹。言わなければ良かったと思った。こんな話を聞かされては引いてしまうのも仕方がない。
「ははっ、ついでだからもう少し聞いてね」
 布団の中で寝返りを打つ。芳樹の顔をのぞき見ると、特に何と言うこともなく天井を向いているだけだった。朋美は二の腕に顔を押し付けるようにして続けた。
「包茎の小学生から、おちんちんが起たなくなったおじいちゃんまで相手にしたの。いろんな趣味の男がいてね、いろんなことを教えられたわ。娼婦だなんて言われてもしょうがないのね。でもお金は貰ってないのよ。私は全部真剣だった。愛情はなかったけど、後悔もしてない……なんて、ちょっと強がりかな」
 芳樹は何も言わない。
「ねえ、聞いてるの?」
「ああ」
 意外なほどはっきりとした返事だった。
「だったら何か言ってよ」
「よくそんなにいろいろな男と知り合えるものだと思ってさ」
 素朴な疑問だったらしい。少なくとも朋美の話を疑っているわけではなさそうだ。
「うん、そうよね。ここまで話したんだからいいか」
 芳樹とは、名前以外、何の情報も交換していなかった。
「悪い男がいてね。私を斡旋してお金儲けをしていたみたい。どうやって男を集めたとか、いくら貰っていたとか、興味もなかったし聞きもしなかった。私はただ言われた日に言われた場所に行って、そこに現れた男とエッチしただけ。あっ、女の人もいたわね。ちょっとびっくりしたけど、すぐにどっちでも良くなった……」
 芳樹はどんな顔で話を聞いているのだろう。
「大丈夫よ。血液検査は受けていたし。変な病気は貰ってないから」
 言い終らない内に涙が溢れた。
(どうしよう。こんなはずじゃなかったのに……)
 朋美はテニスコートの脇で休憩なんかしなければ良かったと後悔した。
「その男とは、今も続いてるのか」
 抑揚のない言い方だった。朋美も平静を装う。
「親バレしてそれっきり。結局つまらない男だったのね」
「好きだったのか?」
「さあね。正直、わからないわ」
「じゃあ、なんでそんなことしてたんだ?」
 好きな男のために身を犠牲にした、そう考えるのが普通らしい。朋美は考えたことがなかった。芳樹に聞かれて考え始め、頭に浮かんだ言葉を発した。
「その人には私が必要だったから……かな」
「ふーん」
「私がどんな女か、わかったでしょ」
 朋美はベッドから起きあがる。もう涙は治まっていた。浴室に飛び込み、シャワーを浴びてここから出るつもりだった。
 その手を芳樹に掴まれた。
「帰るんなら、ケータイの番号メモってくれよ」
「えっ。なんで?」
 朋美は振り向く。久しぶりに芳樹の顔を見た気がした。
「俺にも朋美が必要みたいなんだ」
 事務的な口調だった。それだけにウソではないと思えた。朋美は芳樹の目を見つめる。そこに真意が書いてあればと思った。
「私がいつでも抱ける都合のいい女だから?」
 芳樹が手を引かれ、朋美はベッドに倒れ込む。裸身を操られ、背中から抱きかかえられる形になった。
「それでもいいけど、このおっぱいが気に入ったって言わなかったかな」
 芳樹が後ろから乳房を鷲づかみにした。
「あん」
「こんな大きくて揉み応えのあるのはそうそうないぜ」
「もう、私はおっぱいか」
 朋美はおかしかった。何がと言われれば答えようがないが、とにかくこれでまた芳樹に会うことができる。自分を必要だと言ってくれた相手に。
 朋美は体を返し、芳樹と唇を合わせた。
「後悔しても知らないわよ。あなたのケータイも教えなさいね」
「あっ、それはダメだ」
「何でよ」
「俺、ケータイ持ってないんだ」
 高校を卒業した芳樹は整備工場に住み込みで働いていた。部屋にも電話はなかった。昼間は工場の電話を取り次いでもらうことがあっても、夜になると連絡がつかない。給料を貰うのも今月で三回目。経済的な目処が立つまでケータイは持たないのだと言う。
「家の方に伝言してくれれば二三日で電話するよ」
「家って……?」
「母さんと妹がいるんだ。そうだ。今度紹介するよ」
「な、な、何言っているのよ」
 朋美は上体を起こし、芳樹の顔を見下ろした。
「全然知らない人に伝言もできないだろう」
 朋美は自分の頭にこぶしを落とした。家族に女友達を紹介する。芳樹はそのことに特別な意味を感じてはいないらしい。そういう奴なのだと思った。
(あれっ。でも、お父さんは……?)
「俺は妾腹なんだ」
「えっ?」
「死んだと思っていた親父が生きていて、母さんの他にも愛人作って、俺や愛美にも辛い思いをさせて。あっ、愛美っていうのは妹のことな。そんな親父の世話になるのがイヤで家を飛び出したんだ。おかげで貧乏暮らしというわけさ」
「へぇー、そうなんだ」
 朋美が意味ありげに笑った。
「なんだよ。気持ち悪いなあ」
「あっ、ごめん。悪気はないのよ。ただ、私と同じなんだなって思って」
「マジかよ」
「そう。私も愛人の子。誰にも必要とされてない余計な子供よ」
 朋美の父、細川宗一郎は華族の末裔だった。資金力と手堅い商売で財界の一角に安定した地位を築いて何代にもなる。派手さはないが、知る人ぞ知る有力者だ。朋美が会いたいと言えば、すぐには無理でも必ず時間を作ってくれた。
「『栗田』は私を生んだお母さんの姓なの。小学生の頃は細川だったんだけど……」
 実の母親は朋美が生まれてすぐにこの世を去っていた。朋美は細川家に引き取られ、正妻を義母として育った。兄弟は義理の姉が一人だけ。義姉は病弱で学校も欠席しがちだった。幼い頃から利発で体も利く朋美の方が当主にふさわしいと囁く親戚もいた。それが悲劇の始まりだった。朋美は次第に義母から疎まれるようになっていった。
「私にとって母親はお義母さんだけなのにね」
 芳樹が朋美の背中に手を回し抱き寄せる。胸板が厚く暖かかった。
 朋美は一応、お金持ちのお嬢様ということになる。学校に行けば教師もクラスメイトもちやほやした。そうした人たちは、朋美ではなく細川家を見ていた。それが妾の子なのだから態度も微妙になる。
 家に帰れば朋美を通じて父・宗一郎に取り入ろうとする親戚や客人が後を絶たない。それが義母に耳に入り、朋美がより疎まれる原因となった。
 中学生になった朋美が非行に走ったのは、自分の居場所を求めてのことに過ぎなかった。朋美は栗田の姓を名乗り、細川家の人間であることを隠し続けた。ポン引きのような男に引っかかったのも、その男が朋美の肉体を必要としたからだった。どんな理由であれ「細川」の名前で呼ばれるよりはマシだったのだ。
 母の愛に飢えていた朋美と父の愛を知らない芳樹。
 身の上話の似合うタイプではない。少なくとも朋美はそう思っていた。それはきっと芳樹も同じなのだと思う。初めて会った男にここまで自分をさらけ出してしまった自分が不思議でならなかった。
 朋美は顔を上げ、芳樹を見る。
 目と目が合った。
 どちらからともなく唇を合わせる朋美と芳樹。第二ラウンドに突入したのは言うまでもない。

     ◇

 車の窓が人いきれで曇りだした。朋美は指先でガラスに円を描き、その中を塗りつぶす。愛美を磔にしたバックネットは、今も揺れていることだろう。ここからでは細かいところまでは見えないが、靖史がへばりついているのだけは確認できた。
 芳樹との出会いを君枝に聞いて貰ったことは良かったのだろうか。「どんな付き合い方をしてきたのかしら」と聞かれて馴れ初めから今に至るまでを話してしまったが、それは社会に出てからの芳樹の一年間を振り返るのと変わらなかった。住み込みの部屋を出て今のアパートを借り、ケータイを持てるようになったのも最近ことだ。
 朋美の過去はショッキングだったことだろう。車のシートを挟んでいたから君枝の表情は見えない。のぞきみるのも怖かった。
「芳樹のケータイね。愛美に譲ったのよ」
「えっ?」
「小学校に入ったばかりなのに愛美はどうしてもケータイが欲しいをわがまま言ったの。俺は高校生になってもケータイはいらないから愛美に買ってやってくれって。芳樹はそういう子なの」
「ふーん」
 意味ありげに芳樹の顔をのぞき込む朋美。舌打ちをして背中を向ける芳樹。
「ねえ、愛美をいつまであのままにしておくの?」
 君枝が安全枕の脇から顔を出した。
「お母さん……」
「あら、私は朋美さんのお母さんじゃないわよ。『君枝さん』にしてね」
「は、はい。君枝さん、あのぅ……」
 朋美はシートの影で芳樹の手を握った。
「大丈夫よ。芳樹は家出中だし、愛美は夜遊びばっかりしているし、非行少女は朋美さんだけじゃないわよ」
 いつもと同じ、君枝の笑顔だった。
「家出はないだろう」
 芳樹が抗議するが、朋美は口を押さえていた。大粒の涙がこぼれ出す。それに気づいた芳樹が慌てた様子で顔を近づけた。
「ありがとうございます」
 朋美は言いながら顔を芳樹の胸に埋めた。
「ほらほら、そんな顔ではご主人様が台無しよ。愛美を下ろしに行くでしょ」
 君枝が朋美の頭に手を載せて揺する。
 朋美は顔を上げると君枝に向かって頷いた。涙は首筋まで届いていた。
(つづく)



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