第3話 朋美のお見合い
ホテルクイーンと言えば国際会議の会場にも使われる程の一流ホテルだ。朋美は艶やかな振り袖に身を包み、そのレストランのテーブルに着いていた。土曜日のお昼時だった。左隣には留袖姿の叔母が座り、右隣は紋付きの叔父。正面には二十代半ばの男性が濃紺のスーツを着こなし、その両隣はご両親だと紹介を受けた。誰の目からも、お見合いとわかる光景だった。
「聡司は一流大学を優秀な成績で卒業しましてな、その後は私の会社で……」
「まあ、それはそれは……」
仲人口というのは退屈であくびが出そうだ。朋美は早く終わらないかとそればかり考えていた。こういう席での決まり事を並び立てる大人たちの顔を交互に見比べ、適当に相づちを打ちながら眠気と戦う。正面のこの男もそうなのだろうか。
一週間前のこと、実家に呼び戻された朋美は義母からこのお見合いの話を聞かされ、叔母の顔を立ててやって欲しいと頼まれた。お相手のご両親が細川家との縁組みに乗り気で叔母を頼ったらしい。婚約するにしても高校を卒業してからになるし、結婚を前提にしたお付き合いの形だけ取れれば後で断っても構わないとのことだった。
朋美は義母と話すことができて嬉しかった。
「あなたは本当に好きな人と結婚すれば良いのよ」
義母にそう言われれば断ることもできなかった。格式のある家だけにいろいろと事情もあるのだろう。そう朋美なりに考えて、今日を迎えた。義母とホテルで食事ができると楽しみにしていたのだが、その席に座ったのは叔母夫婦。考えてみれば、この叔母の顔を立てるためのお見合いなのだから仕方がなかった。
問題はこの叔母の魂胆だ。普段から朋美のことは良く思っていない。そんな叔母の持って来た縁談が朋美を幸せにしてくれるとは思えなかった。
テーブルに料理が運ばれてくると、少しは間を持つことができた。ナプキンを膝に掛け、袖を気にしながらスプーンを口に運ぶ。スープの味などわからない。朋美の所作に感嘆の声が上がる。幼い頃からテーブルマナーは厳しく躾られていた。
「さすがに細川家のご令嬢ですな」
相手の父親が目を丸くした。
「恐れ入ります」
叔母が答える。後でまた何が言われるのかもしれないと朋美は思った。
その後も大人四人の話は相手の男性に集まっていた。息子の自慢話をせっせと並べ立てるご両親。そのひとつひとつを褒め立てる叔母夫婦。朋美はテーブルの一輪挿しに話しかけた。
(ここでも私は細川家の人形なの)
このお見合いは義母が望んだことだ。後でどうなろうとも、この場だけは完璧に演じて見せる。朋美はそう決意していた。
メインディッシュの空き皿が片づけられ、テーブルにはデザートのケーキと紅茶が運ばれて来た。ワインが利いたのだろうか。叔父も相手の父親も顔を赤く染めていた。口に手を当てて笑う叔母たちの仕草がわざとらしかった。
朋美の脳裏に芳樹の顔が浮かんだ。
愛美の家の居間でお見合いの話をした時、芳樹は頭に来るくらい無反応だった。友だちと映画を見に行くわけではないのだが、全くと言って良いほど興味を示さない。
君枝は隣で渋い顔をしていた。
一番取り乱したのは愛美だ。何でお見合いなんかと食って掛かる。と言っても相手は君枝だ。ご主人様である朋美には何も言えず、目に涙を溜めて見つめるだけ。「高校生の娘にお見合いをさせるなんて、そんなことがあっていいの」と君枝に迫る。「お兄ちゃんも何か言ってよ」と芳樹を責める。ふたりがなだめようとすると「もういい」と言って自分の部屋にこもってしまった。
(あの子ったら、私と結婚するつもりなのかしら)
朋美の口元に笑みが浮かんだ。
「ようやく笑ってくれましたね」
正面の席に座る男性の声が届いた。さっきから何か言っているのは知っていた。失礼がない程度に話を合わせはしたが、その実、殆ど頭に入っていなかった。何か面白いことを言っていたのだろうか。
朋美は軽く頭を下げた。
この青年は鶴岡聡司。中堅の建設会社、鶴岡ハウス工業社長の長男だと言う。今でこそそれなりの実績を評価されているものの、以前は一代で急成長を遂げた会社にはありがちな黒い噂も絶えなかったようだ。聞きもしないのにそういうことをご注進してくれる親戚筋にもうんざりしていた。どうせ断るのだからと、朋美には全く興味のないことだった。
「年寄りたちへの義理も果たしたことだし、後は若い者同士ということで……」
聡司の発言は場の雰囲気を変えた。
「なんてことを言い出すんだ」
「そうですよ。そういうことはあなたが言うものではありません」
聡司のご両親が慌てるのも無理はない。細川家に近づこうとしているのは向こうなのだから。叔母もこれには面食らったようだ。年寄り呼ばわりはいかにも失礼に違いない。場合によっては席を立ちかねない表情だった。
「私はかまいませんよ」
朋美は叔母を見て頷いた。
「ああ、そうね。そういうことにしましょう」
大人四人がその一言で救われた形になった。特に相手のご両親は「息子のご無礼をお許しください」と何度も叔母たちに頭を下げていた。何度かの内の一度が朋美に向けられた。朋美はそれで満足だった。
「あなたなら、きっとそう言ってくれると思いましたよ」
聡司はもう朋美の脇に立っていた。
朋美が立ち上がろうとすると、イスを引く程度のマナーは心得ていたようだ。
「さあ、どうぞ」
その手の先はホテルの中庭だった。お見合いのコースなのだろう。朋美はご両親と叔母たちに頭を下げると、聡司の促す方に足を進めた。
一流ホテルだけあって庭園の造形もみごとなものだった。植え込みの間に設けられた歩道に沿って歩く。振り袖の朋美は歩幅を制限されていた。聡司が歩調を合わせる。ふたりは人工池に掛けられた橋の上に立った。ここまで来れば大人たちに声が届かない。
「政略結婚はおイヤですか」
聡司の言葉は唐突だった。朋美が首を傾げて見上げる。聡司は思ったより身長が高かった。芳樹と同じくらいか。年齢が離れている分だけ落ち着いて見えるが、聡司の父親から比べれば純情そうな青年だった。
「私には難しいことは……」
「大丈夫ですよ、本音で話して頂いて。それとも僕は信用できませんか?」
朋美は口元を押さえた。
その手を戻し腰の前で組む。聡司の正面に相対した。
「細川にメリットはあるのかしら?」
聡司が目を丸くした。ちょうどさっき聡司の父親が驚いて見せた顔だ。口もわずかに開いたままだった。
「ははっ、これは手厳しいな」
これは参ったと、聡司は首の裏側に手を当てる。お人形だと思っていた娘が初めて台本に無いセリフを吐いたと思えばこれか、聡司の考えていることはそんなところか。朋美は義母の顔を思い浮かべ、言い過ぎたのではないかと心配になった。
「政略結婚にもならないということですか。あなたはまだ高校生ですよね。それだけの見識が持てるなんて立派です。やはり帝王の血というものでしょうか」
「お世辞で気持ちは動きませんよ」
「もうそんなつもりはありませんよ。あなたと結婚したら一生尻に引かれそうだ」
「そんなに重くはありませんのに」
聡司には大ウケだった。
義務感だけでしたお見合いだったが、朋美は相手が聡司で良かったと心から思った。中庭を遠くから見ている大人たちには仲良く談笑しているように見えるのかもしれない。今日の結果を知ったらどう思うのだろうか。
「ひとつ良いことを教えてあげましょう。今日のお見合いは鶴岡家からの申し出で始まったことですが、話を進めたのはあなたの叔母さんです」
朋美は息を飲んだ。
「細川家の内紛は知る人ぞ知る事実です。後継者はお義姉さん。でも体も弱く次期当主にはどうかという話もある。あなたを担ぎ出そうとする動きは少なくない。嫁に出してしまえばその話を消すことができる。渡りに船だったんですよ」
そういうことだったのかと朋美は納得した。あの叔母のことだ。それくらい考えてもおかしくない。
「ご存じでしたか?」
「はい、何となくは……」
「そうでしょうね。あなたならこれくらいはわかっておられることでしょう」
朋美の心に鉛が沈む。
(私は相変わらず余計ものなのね)
いっそのこと嫁に行ってしまえば、こんな思いはしなくて済むのかもしれない。義母はこのことを知っているのだろうか。
そして父は……?
「いやあ、それにしても残念だなあ。こんなにきれいな人と一緒になれないなんて」
聡司が両手を上げ、伸びをして見せた。朋美の変化に気づき、聡司なりに気を遣っているのかもしれない。
「ひとつだけ頼まれてくれませんか?」
聡司が顔を近づけた。
「は、はい」
「お見合い、あなたから断って頂くわけにはいきませんか。こちらからはお断りする理由がありません」
それはそうだと思った。でも、
「情けない話ですね」
言ってしまってから八つ当たりかもしれないと朋美は恥じた。
「おっしゃる通りです。でも、材料はお渡ししておきましたよ」
聡司が親指を立てて先ほどのレストランを示す。向こうからは見えないよう体の影に隠してだが。朋美は思い当たった。
――年寄りたちへの義理も果たしたことだし……
あれはそういう意味だったのか。ということは、聡司にはこうなることがわかっていたわけだ。
「わかりました。そうさせて頂きます」
朋美は気持ちの良い笑顔を聡司に向けた。
「ありがとうございます。お願いついでにもうひとつ。あなたとはお友だちになれると良いのですが」
「ええ、喜んで」
朋美は深々と腰を折った。
(芳樹、終わったよ)
ふたりはもう少しだけ庭園の散歩を続けた。
レストランで食べたフルコースはそれなりにおいしいものだったのだろう。良家のお嬢様を演じなければならない朋美にはそれを楽しむ余裕はなかった。でも、この庭園の美しさは素直に味わうことができる。造形がわざらしいという人もあるだろうが、それだけ職人の手が掛かっているということでもある。そういた人たちの努力に、朋美は拍手を贈りたかった。
「何するのよ」
聞き覚えのある声が植え込みの陰から聞こえた。
と思ったのも束の間、ひとりの少女が飛び出して来た。庭園の通路に沿って跳ねるように疾走する。それを追いかける数人の男たち。一目で柄の悪い連中だ。およそ、この庭園には似合わない光景だった。
少女はあっという間に朋美のところまでやって来た。
「愛美ちゃん!」
そんなことだろうと思った。朋美が心配で様子を見に来ていたのだろう。それを誰かに見つかったわけだ。
「朋美さん、私……」
話をする前に男たちが追いついた。
「こいつ、ふざけやがって」
体格の良い男が、朋美の陰に隠れた愛美を掴み出そうする。
「なんだ、倉木。お前たちだったのか」
聡司が割って入る。
「すんません、若社長。怪しい奴がのぞいていたもんで」
「怪しいのはそっちでしょうよ」
愛美もやり返す。「なんだとう」と手を伸ばす男たちを再び聡司が制した。朋美には何となく状況が掴めたような気がした。
「すみません。こいつら親父の会社の若い奴、いや、若手社員でして、元々が建設業というより土建屋ですから威勢の良い者が多くて。礼儀もわきまえず申し訳ございません」
聡司が頭を下げる。三人いた男たちも一歩下がってこれに倣った。
「いいのですよ。無礼はお互い様のようですし」
朋美は、愛美を睨み付けた。
「ごめんなさい……」
「謝るのは、私にではないでしょ」
愛美は朋美の脇に出て、聡司に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい。こっそりのぞいていたのは謝ります。でも朋美さんはお兄ちゃんのカノジョで、私の大切な人なんです。だからお見合いなんて……」
聡司は感心したように応じる。
「はい、よくわかりました。安心してください。私はたった今フラれましたから」
「良かったあー」
愛美は笑みを隠さずに朋美を見た。朋美も小さく頷く。
「何だと。若社長をフルなんてふていアマだ」
治まらないのは愛美を追いかけて来た男たちの方だ。聡司のお見合いが無事に運ぶよう祈っていたのだろう。
「何言っているんだ。お前たちもお詫びしないか」
「だって若社長、こいつら……」
「このお見合いは何としても成功さなきゃならねえって」
あちらにもあちらの都合があるらしい。
「お前がいて何て様だ。いいからもう向こうに行ってろ」
聡司に怒鳴られて渋々引き上げる男たちだが、最後まで怖い目で睨み付けていた。その中でただひとり、「倉木」と呼ばれていた男だけが無言で頭を下げていった。
「良いお仲間をお持ちのようですね」
「いや、お恥ずかしい。でも、そちらのお嬢さん程ではないですようです」
「困ったものです」
朋美は愛美の頭に手を置いて言った。
「お仕置きが二倍になったわね」
「ええっ、そんなあ」
「こちら様にご迷惑をおかけしたのですから当然でしょ」
朋美に睨まれ、愛美は肩をすぼめた。そんなに心配だったのかと朋美は目を細める。聡司には聡司で想像もできない大人の事情があるらしい。何かを言いかけた朋美だが、どうにもならないことと言葉を飲んだ。
その日は叔母夫婦に連れられて実家に戻った。朋美は振り袖を脱ぐとその足で芳樹の元に行きたかったのだが、さすがにそうもいかなかった。
義母はどんな顔をするだろう。
帰りの車では気が重かったが、朋美の顔を見るなり義母にはすべてが伝わったようだ。「早めにお返事をしなくては」という叔母を制した。
「疲れたでしょ。今夜はお休みさない」
朋美は、義母の心に触れた気がして嬉しかった。
芳樹にメールを打つことができたのも夜遅くなってからだった。もっとも、その頃には愛美から連絡が入っていただろうが。
『お見合い、終わったよ』
何も言わない芳樹。でも、朋美には何となくわかっていた。芳樹は朋美を自分のモノだと思っている。それは朋美が誰とお見合いしようがデートしようが変わることではない。極端な話、誰かとセックスしたとしても自分のところに戻ってくればそれで良いと思っている……のだと。いや、
――あっさり捨てちまうんじゃないか
そんなことも言っていた。さすがにそれはまずいかと思い直す。ふたりがそれだけ強い絆で結ばれているというわけでもない。
(だったら少しは妬いてくれたって……)
そう思わないでもない朋美だが、芳樹に期待するのは難しいだろう。時折やるせない気持ちにもなる。どんな差し引きをしても結局は芳樹の側にいたかった。せめて一言、何かそれらしいことを言ってくれればと思うのだが。
『そうか』
芳樹にしては珍しく早い返信だった。そのたった三文字を朋美は胸に抱きしめた。
翌朝、朋美は少しだけ朝寝坊をした。客間には叔母夫婦が泊まっていた。朝食の時間ギリギリまで惰眠を貪っている、実家にいる者は皆そう思ったことだろう。
週末だと言うのに、夕べから父の姿が見えなかった。別に珍しいことではない。仕事が立て込めば一ヶ月家に戻らないこともある。朋美と顔を合わせるのも家ではない場合が多かった。
朝食が済み、実家にいる親族が一堂に会しても昨日のお見合いについて触れる者はなかった。返事を聞かれるものだとばかり思っていた朋美は拍子抜けだったが、どうも何か事情が変わったらしい。叔母たちの様子が変だった。
「マンションに戻っていいわよ」
義母に言われた。とりあえず、今日のところは保留らしい。朋美は実家を出るとすぐ芳樹のケータイに電話を入れた。
芳樹のアパート。狭いパイプベッドを軋ませて男女の若い肉体が絡み合っていた。騎乗位の朋美が汗を飛び散らせる。秘孔を芳樹のペニスでいっぱいに埋め尽くされ、真っ白な体躯をしならせる。下乳を持ち上げられ、朋美の乳首が天井を向く。五本の指が柔肌に食い込み、弾力がそれを跳ね返す。
「ああっ、芳樹。いいわあ」
胸から受ける性感に朋美の口から喘ぎが漏れる。揉みしだく芳樹の手の平が執拗なのはいつものことだ。原型がわからなくなる程にこねる。ひっぱる。握りつぶす。手のひらに余る白桃に指の痕を刻むようだ。
「はうーん。あはぁ……はあ、あっ、あああっ……」
朋美にとって至福の一時。実家から直行するとすぐにこれだ。今日は朋美からせがんだ。芳樹はまだ起きるつもりもなかったようだ。合い鍵で部屋に入って朋美は有無を言わせずジュニアを口に含む。そこまでされれば、後は芳樹もお決まりのパターンだ。朋美を脱がすのも慣れたもの。肌と肌が合わさるのもあっという間のことだった。
芳樹は何も聞いてこない。
(ホントに全然気にならないのかしら?)
逆の立場だったら朋美はどうするだろう。愛美のようにこっそりとのぞきに行くことはないと思う。少なくとも芳樹の前では平気な顔をしているに違いない……
(芳樹もそうなのかな)
何度考えても結論は出ない。今はただこの快感に酔うしかなさそうだ。
「あっ、ああああっ。はうっ、ああああーーー」
乳房を弄ばれ、それが秘部を貫く肉塊の刺激と合わさってより高みへと誘われる。下腹部の動きが大人しいからこの程度で済んでいるが、芳樹が本格的に責め始めれば朋美の陥落は造作も無いことだろう。
これくらいが一番良いのかもしれない。
一気呵成にまくし立てられ強引に絶頂を迎えさせられるより、このまま一歩手前で愛され続ける方が幸せなのかもしれない。朋美は心の底からそう思った。もしそれが可能なら、他には何も望まないと。
「あんっ!」
芳樹が下から突き上げた。ペニスの先端が子宮を押す。それは次の動作に移る前兆だった。案の定、芳樹が上体を起こす。朋美の裸身を、胸の大きな膨らみごと抱きしめる。芳樹の手のひらが朋美の背中に、そして頭の裏側に当てられ、汗と汗とが混ざり合う。
「朋美っ」
その名を呼ばれて目を開く。正面に芳樹の顔が有った。
「はうっ」
唇を奪われる。ふたりのセックスには順番というものがないらしい。キスはいつも突然やってくる。下半身を繋いだままの抱擁、そして熱い口づけ。クライマックスへのお膳立ては整っていた。
「ひゃあー」
朋美の体が浮き上がった。芳樹の腕に抱かれたまま背中からベッドに落ちる。その間も秘孔に埋め込まれた肉塊は己の役割を果たし続けた。愛液で潤い切った空間から追い出されことなく、これでもかと食らいつく。朋美は両足をMの字に開き、そのすべてを受け止めた。
「ああーん、芳樹。来て。ねえ、来てぇ」
芳樹は最深部にペニスの先端を止めたまま動かない。朋美のボルテージがワンランクアップしていた。官能の頂が、もうすぐそこに見えている。
「ああ、ダメっ。も、もうイジワルしないで」
自分から腰を動かす朋美。上から押さえ付けられていては大した効果も得られない。肩を上げて身もだえるのが精一杯だった。
「今日はまた一段とどん欲じゃないか」
「な、なによ、それ」
「俺はもう何もしないから、ひとりでイッてみるか?」
内股から力を抜く朋美。
「やあだ。芳樹がするの」
朋美が甘え声でわがままを言えるのは芳樹だけだった。義母には甘えたくても甘えられない。父には多少甘えられてもわがままにはほど遠い。クラスメイトや陸上部員との会話もフィフティ・フィフティとは言い難かった。
「しょうがねえなあ」
芳樹が上体を起こし、朋美の腰に両手で押さえ自らの下半身に押し付ける。一度始めたら絶え間が無い。より強く、より激しく揺り動かす。朋美の限界が近いことを知っているのだ。
「あう、あう、あう、あう、ああっ、ああああああーー」
小刻みな吐息と共に朋美の意識が遠のいていく。
(ああ、もっと。もっとよ、芳樹っ)
芳樹がいよいよのしかかってきた。凶暴な肉塊の突き上げに合わせて、大きく揺れ動く乳房。それを鷲づかみにする手には愛撫の時に見せた優しさはない。木の枝から果実をもぎ取ろうとするのに似ていた。乳首の先まで研ぎ澄まされた感覚が欲情と快楽を拾い集め、体の奥に染みこんで下腹部へと走る。
芳樹の腰が乳房への責めとシンクロする。今までセーブしていた力を爆発させ、残った戦力を総動員して最終決戦に挑む。朋美の秘孔を暴れ馬のごとく肉塊が行き来する。粘膜が擦れ、花芯からあふれ出した蜜がふたりの恥毛を濡らす。
「よしきぃーーー。ああっ、芳樹、もうダメっ。あああっ、いっ、一緒に。ああ……来てっ。芳樹、ああ、ああああああーー」
「ともみっ、ともみぃーー」
「ああ、来て。来て、よしきぃーーー」
芳樹が下半身を叩きつける。子宮を突き破らんとする激情に朋美は巻き込まれた。
「ひいぃぃぃぃーーー。ああっ、ああああーー。こんなっ、イっ、よしきっ、イっちゃいそう。ああ、イクっ、イクっ、イっちゃうよおぉぉぉぉぉぉ……」
朋美の断末魔を待ちわびていたように、芳樹の体が下りてきた。
芳樹の腕枕は朋美のお気に入りだった。安物のパイプベッド。ふたりで寝るには狭いし、寝心地だって良くはない。それでも、こうしている間は不安や心配事が消え去り、世の中の万事が幸福に見える。厚い胸板に指を這わせながら、この気持ちが世界中の人々に通じれば戦争なんて起きないのにと朋美は思う。
「芳樹っ」
つい呼んでみたくなる。別に返事が欲しいわけでもない。それは芳樹にもわかっているのだろう、腕枕を畳んで朋美の裸身を引き寄せる。
(もう少しだけ……)
朋美は横顔を押しつけた。
ささやかな幸せの時を破ったのは芳樹の空腹だった。このまま死んでも良いとさえ思っている朋美にはお腹が空くなどという感覚など無かったのだが、男の子の芳樹にはそうも言っていられないらしい。
「メシ、食いにいくぞ」
芳樹はもう起きあがっていた。トランクスだけ履くと玄関を出て行く。トイレは廊下の突き当たりだった。朋美はケータイを取り出す。愛美がメールを待っている頃だ。昨日は実家に戻るからと言って帰したが、その後のことが気になってならないという様子だった。
「愛美か?」
まだ何文字も打っていない内に芳樹が戻って来た。
「そうよ。気にしていたからね、誰かさんと違って」
「悪かったな」
芳樹がケータイを取り上げた。電源ボタンを長押ししてふたつに折ると朋美の手に返した。
「今日はずっと一緒にいろ」
芳樹は背中を向けてズボンに手を伸ばす。
(愛美ちゃん、ゴメンね)
朋美はケータイを放り出し、芳樹の背中に抱きついた。
◇
朋美が愛美の部屋を訪れたのは翌月曜日の夜になっていた。学校からの帰り道、朋美は夕食時を避けるため少しだけ時間をつぶしてやって来た。学校の制服に鞄を提げていた。
パジャマ姿で玄関まで出迎えた愛美は下まぶたに涙を溜め、恨めしげに朋美を見た。言いたいことが手に取るようにわかる。ずっと待っていたのにどうして連絡をくれなかったのですかと、そんなところだろうか。
それなのに、何も言わない愛美がいじらしい。
「大丈夫よ。婚約なんかしないから」
朋美は愛美の耳元で囁き、こわばった頬にキスをする。横目で見つめる愛美。その目は「本当ですか」と訴えていた。
「ゴメンね、愛美ちゃん。心配かけちゃったわね」
朋美はそっと抱きしめる。ホテルの中庭で柄の悪い男たちに悪たれをついた勇ましさはどこにもなかった。頭を撫でられ朋美の胸に抱かれた愛美は落ち着いてきたようだ。鼻を啜った後、小さく頷いた。
「朋美さん、どこにも行ったらダメです」
絞り出すような声だった。
「生意気ね。ご主人様に命令するの?」
「えっ、だって……」
愛美が顔を上げた。朋美と目が合う。
「でも、ありがと」
朋美は唇に右手の人先指を立てると、それを愛美の口に押し当てた。
「続きは後でね」
「ああっ」
愛美は顔を真っ赤にして朋美の胸に埋めた。
「朋美さん、いらっしゃい」
君枝がリビングから出て来た。夕食の後かたづけが終わったばかりなのだろう。エプロンで手を拭いていた。
「こんにちは。おじゃましてます」
「あらあら、いつまでそんなところにいるの。愛美も甘えっ子さんねえ」
母親の前でも愛美は朋美から離れようとしない。朋美は愛美の肩を抱いたまま階段へ向かって歩き出した。
「もう少し落ち着いたらご報告に来ますね」
「そうね。ごゆっくり」
君枝の視線を感じながら、ふたりは愛美の部屋に入った。
ベッドに並んで腰掛ける。朋美はお見合いの時に聡司と話した内容を愛美に聞かせた。芳樹にも聞かせたかったのだが、聞いてくれないのだから仕方がない。その責任は妹が取ってくれた。真剣なまなざしを決して背けることなく耳を傾ける。
「政略結婚……ですか」
愛美がつぶやく。
「そうよ。私の実家ってそういうところなの。でも相手の方が必死だったみたい」
「大人の事情……って奴ですか」
棒読みだが、愛美の口から出ると違和感があった。
「よくそんなこと知っていたわね」
愛美はちょっと視線を外したが、すぐにまた朋美の目を見て告げた。
「はい、管理人さんがそう言ってました」
愛美は『露出っこクラブ』の管理人にメールで相談したらしい。高校生の娘に見合いをさせるにはそれなりの裏がある筈だ。どちらからの話かわからないが、当事者同士の幸せは二の次で、家と家との繋がりを計ることが目的だろう。大人同士の複雑な事情があるのだと思う、それが答えだった。
「管理人さんには何でも話しちゃうんだ」
露出のことでもないのにと朋美には意外だった。どこの誰だかわからない相手を信頼し切っている愛美。それはそれで心配なのだが、
「だって、お母さんは教えてくれないし……」
「そっかあ。君枝さんにも心配かけていたのよねえ」
お見合いの話をした時の意味ありげな表情が思い起こされた。君枝もまた「大人の事情」を感じ取っていたのだろう。それも気になったが、朋美の視線はパソコンに向けられていた。
「ねえ、愛美ちゃん。私にも管理さんのメールを見せてもらえないかなあ」
先日は一通だけ見せて貰った。受信トレイには他にもたくさんのログが残っていた筈だ。
「はい、いいですけど……」
「無理にとは言わないわよ。愛美ちゃんのプライバシーだもの。ダメだったらダメって言ってね」
愛美はベッドから立ち上がるとパソコンの電源を入れた。
「いいですけど、朋美さんのこともいっぱい書いてあるんです。怒ったり笑ったりしないでくださいね」
朋美の顔をまともに見られないようだ。こういう仕草を見ると、ついイジワルしてやりたくなる朋美だった。
「そんなにひどいことを書いてるのかしら?」
「あっ、そういうことじゃ……でも」
「ウソよ。怒ったりしないわ」
そうしている間にパソコンが立ち上がる。愛美がメールソフトのアイコンをダブルクリックした。自動受信が始まると迷惑メールが流れる。どうしてこういろいろことを思いつくのだろう。出会い系や援助交際が殆どで、融資やギャンブル関係のものもあった。それらをひとまとめにしてゴミ箱に送る。その動作が終わると、愛美は朋美にイスを勧めた。
「悪いわね」
朋美はパソコンの前に座るとマウスを使ってメールの一覧を逆方向にスクロールしていく。残っているのは管理人からメールだけだ。朋美はその中から日付の最も古いものをクリックした。
「ふーん」
斜め読みだが、ひとつずつ読んで行く。愛美の出したメールと交互に読むことで、愛美が露出に目覚めていく課程が思い浮かんだ。朋美のことも書いてあった。ヒロインは愛美にしても準主役扱いだ。
朋美の手が止まる。
――大好きなお兄さんをご主人様に取られて、
――大好きなご主人様をお兄さんに取られた、
どんなに切なかったことだろう。愛美の気持ちが思いやられた。そして、管理人がどれだけ支えになっていたことか。愛美が信頼するのも無理はないと思った。
愛美は後ろに立って同じ画面を見ている。朋美は画面に映った愛美に話しかけた。
「私の管理人さんに命令して貰おうかなあ」
========================================
管理人さん、こんばんは。
愛美です。
今日はお願いがあってメールしました。
何もご報告することがないし、まだ次にやる露出も決まっていないのにすみません。
ご主人様のことなのです。
管理人さんにご挨拶したいと言っています。
変わりますので、話を聞いてあげてください。
初めまして。
愛美ちゃんのご主人様をしています朋美です。
HPには載せないでくださいね。
いつも私の奴隷がお世話になっています。
不躾で申し訳ないのですが、私にもご命令を頂けないでしょうか。
愛美ちゃんから話しはお聞きのことと思います。
この子のレベルアップのためにも私の露出を見せてあげたいのです。
どうかよろしくお願い致します。
朋美
愛美です。
びっくりしました。
まさかご主人様が管理人さんからご命令を貰いたいだなんて。
ご主人様は昼間でも表の自販機まで、全裸で買い物に行ってしまうような人なんです。
管理人さんだったらどんなご命令をするのでしょうか。
私のお手本みたいなことを言っていますが、本当は自分でも露出したいのかなあ。
コツンと殴られてしまいました。
管理人さんにお任せします。
ご主人様に過激なご命令を出してやってください。
愛美
========================================
愛美が送信ボタンをクリックする。朋美はその後ろに立ち、送信完了の表示が出るのを確認した。
どんな命令が来るのだろう。興味本位で送ってしまった朋美だが、少しだけ不安になった。こんな書き方をしたら、きっと今までの愛美よりずっと過激な命令になる。愛美に見せなければならない。どんな命令でも絶対にやるしかないのだ。
(芳樹は怒るかしら?)
それも不安のひとつだったが、正直なところ期待の方が大きかった。
「これで私は終わり。次は愛美ちゃんの番ね」
愛美がイスに座ったままつぶやく。
「SMクラブ……ですか」
「そうよ。行ってみたいでしょ」
返事がない。中学生ともなればSMがどういうものであるかくらいの知識はあるだろう。SMクラブについても、あれからネットで調べているに違いない。その上で否定も肯定もできない少女がここにいる。
「愛美ちゃん……」
朋美は腰を折り、愛美の耳元に口を寄せた。
「濡れてるでしょ?」
「ひゃあっ」
「正直に言いなさい」
「は、はい。多分……でも」
愛美は両手で顔を覆い、肩でイヤイヤをする。
「いいのよ。愛美ちゃんはMなんだから仕方がないの」
「そんなこと、言わないでください」
「あら、ホントのことじゃない。イヤだと言っても連れて行くわよ」
朋美は家出中にSMクラブでアルバイトをしていたことがあった。もちろん法律違反である。それでも背が高く目鼻立ちの整った朋美のボンデージ姿は本職の女王様も顔負けだった。常連客を対象にした秘密ショーにも出ていた。女子高生役の朋美が女教師役の先輩SM嬢をいたぶるイベントが特に人気だった。その頃にお世話になった人が今もその店の店長をしている。そこに愛美を連れて行こうと言うのだ。
「愛美ちゃんも気に入るって」
だから顔を上げてと愛美の肩に手を置く。
「怖くないですか?」
上目遣いで朋美を見る愛美。
「そりゃあもちろん怖いわよ。愛美ちゃん、泣いちゃうかもね」
「ああー」
喉の奥からこぼれた声は少女のものとは思えなかった。また顔を伏せる愛美。ネットや週刊誌で得た知識を総動員しているのだろう。自分の身にどんなことが起こるか、もう何度となく妄想していたに違いない。
「そんなに怖かったら芳樹も一緒に行って貰おうか?」
「ダメです! そんなの絶対ダメっ」
愛美は勢いよく顔を上げ、朋美の腕を掴んだ。
「大好きなお兄ちゃんには見せられないか。でも残念ねえ。芳樹がSで愛美ちゃんがMでしょ。実の兄と妹でSMショーをやったら人気になるわよぉ」
「ショーって……」
「そうよ。愛美ちゃんがハダカでいじめられているところをみんなに見て貰うの」
「はあーん……」
愛美の目が宙に泳いでいた。
「ああっ、朋美さん。変、何か……変です。私、なっ、何もしてないのに」
顔は真っ赤に上気していた。オナニーしていたわけでもセックスしていたわけでもない。それなのに愛美は欲情していた。大勢の観客が見守るステージで芳樹に責められている自分の姿を思い描いているのだろう。
「愛美ちゃん、すごーい。言葉だけでイケちゃうかも」
「イヤっ、朋美さん。助けてください」
「だからぁ、今度連れて行ってあげるって」
「ふわぁーん……」
それは泣き声にも喘ぎ声にも聞こえた。
「しょうがないわねえ」
朋美は愛美の手を取って立たせた。何かを告げようとする唇に自らのそれを重ねる。両手をまっすぐに下ろしたまま受け入れる愛美。気持ちを落ち着かせるための口づけだ。舌を使うこともない。唇をただ深く重ね合わせるだけのものだった。
「はい、今日はここまで。少しは落ち着いたかしら」
愛美は顎に指先を当てながら、
「朋美さん、帰っちゃうんですか?」
「そうよ。今日はもう遅いから」
と言う程の時間でもないのだが、ここから登校する用意はしていなかった。
愛美が制服の裾を摘む。
「もう駄々っ子なんだからぁ。今度、私のマンションに泊まりに来なさい。ここじゃやっぱり気を遣うし、首輪をしてたらおトイレにも行けないでしょ」
一階には君枝がいる。朋美と愛美の関係は知っていても見せられない姿はある。
「行ってもいいんですか?」
「もちろんよ。でも、ルールは忘れないでね」
愛美は朋美の奴隷。ご主人様の部屋に上がる時には玄関で衣服を脱ぎ、奴隷の証である首輪を付けてからとされていた。
「はいっ」
顔を赤く染めながらも嬉しそうに笑う愛美。もう一度キスをしたら、朋美自身が帰れなくなっていたかもしれない。
(つづく)
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