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第4話 犬のお散歩

 朋美のマンションは繁華街の外れにあった。オートロック式の女性専用マンションだ。階段を三段上がり、玄関前の操作パネルにカードキーを差し込んで暗証番号をプッシュすると自動ドアが開く。朋美はいつもこうやって帰宅していた。
 一階の正面には管理人室がありセキュリティ面での安心感はあった。
 エントランスや各階の廊下はもちろん、エレベーターの中にまで防犯カメラが設置されていた。朋美はレンズの上の赤いランプを見上げる。ここまでされるとプライバシーって何だろうって思うこともしばしばだ。
 七階でエレベーターを下り廊下を歩く。七〇五号室が朋美の部屋だ。ルームキーはカードキーとセットになっていた。
 部屋にはいると、ふたつ並んだクッションに体を投げ出す。お風呂にはいるのももどかしい。このまま寝てしまって明日の朝にしようかとも考えた。
 ケータイを取り出す。どこからも着信はないことを確かめると、朋美は体を起こした。テーブルの上に赤い首輪が置いてあった。
(今夜、連れて来ちゃえば良かったかしら)
 今更ながらに思う。愛美は喜んでついて来るだろう。ハダカにして、この首輪を付けてかわいがってやれば良い。ペットのように従順で、小さな妹のようにかわいい女の子。この部屋にいた時の残像を抱きしめたくなる。
 でも、所詮は残像。
 手に届きそうだったものが消え去り、両手は宙に浮いたままとなる。
「芳樹……」
 ここにいない者ばかりが脳裏を行き交う。昨日も今日も、芳樹は、お見合いのことには一度も触れなかった。リモコンを手にテレビを付けて見たが音も映像も素通りするばかりだ。大人ならこんな時はお酒なのだろうか。
 朋美は音を立ててテーブルに手を付き、腰を上げた。浴室のドアを開けシャワーのコックを捻ってから制服のスカートに手をかける。脱衣カゴが衣類でいっぱいになる頃には、浴室に湯気がこもっていた。
 手のひらでシャワーの温度を確かめると頭から被った。冬場と違ってこの季節はシャワーだけ十分。バスタブを使うのは愛美が来た時くらいだった。
――帰っちゃうんですか?
 愛美の恨めしそうな視線が浮かんだ。あれはエッチして貰えると思っていた目だ。振り切って来た朋美だが、その気が全くなかったというわけではない。
 暖かなお湯に包まれていると気分も落ち着いた。顔を流れる滴を払い、シャワーヘッドを胸に向ける。勢いよく飛び出したお湯の筋が白い肌で弾けた。大きく膨らんだ乳房の先では乳首と乳輪が敏感にその刺激を楽しんでいる。
 我ながら形の良いおっぱいだ。お椀を伏せた形と表現されることがあるが、朋美のそれは納まり切らない。単に大きいというだけではない。その重さに負けることなくまっすぐに前を向いている。朋美はふと、乳肉に芳樹の指の痕が残っているような気がした。
――これは俺のだからな。
 初めてエッチをした時に芳樹の言った言葉だ。朋美はこれを思い出すのが好きだった。
(今度は愛美ちゃんにも舐めさせてみようかしら)
 兄と妹で乳房をひとつずつ分け合う姿を思い浮かべ、朋美は心まで温まっていく。愛美はともかく、芳樹は絶対に応じないだろう。シャワーヘッドを持たない方の手のひらを下乳へと持っていく朋美。柔肌を軽く揉みほぐし、指先で乳首を摘む。
「あうっ、ううぅぅぅ」
 芳樹だったらこんなに優しくはしてくれない。焦らすことはあっても指先の太さも荒々しさも朋美のそれとは比べようもなかった。
(こんな感じだったかしら)
 それでも真似てみようとする朋美。指先に力を込め乳首を捻る。
「痛っ!」
 やはりダメだ。自分でやったのではあの感覚を蘇らせることはできない。オナニーにはオナニーの作法があるようだ。乳首に「ごめんね」をするようにそっと撫でた。
「ああーん」
 やはりこの方が良さそうだ。
 白く丸い胸の球体。その先端に実を付けたサクランボが起きあがる。朋美は親指、薬指、小指の三本で下乳を支えながら、人差し指で乳首を弄ぶ。そこに現れた甘い痺れが体の奥深くへと下りていく。
「はあふぅーん……」
 誰にも聞かせられない恥ずかしい声だが、ここでは抑える必要もない。
 性感帯というのはどこまでも続いているのだと思い知らされる。片方の乳首に愛撫すれば、もう片方からもオファーが届く。舌が唇を舐める。背中に走る感覚は拒みようもない。一番はやはり女の中心部だった。性的な刺激に関する情報はすべてがそこに集まって来る。何もしていない内から自己主張を始める。
 朋美はシャワーヘッドを股間へと運んだ。
「ああっ、いいわあぁぁ」
 お湯の温かさは熱くなった花芯を落ち着かせたりはしない。むしろ逆にあおり立てる。早くかわいがって貰えと援護する。手が二本では足りなかった。
 朋美の指先は乳首を離れない。痛々しい程に肥大したそれを名残惜しそうに慈しむ。もう片方の乳房は隣で放り出されたままだ。朋美の指がそちらに移った。花芯への愛撫はシャワーに任せておき、もう片方の乳房を揉みしだく。こちらはもう臨戦態勢を整えていた。少しの刺激でも拾い集めて大きな性感に変化させる。再び背中を駆け上がる感触に朋美はシャワーヘッドを落としそうになった。
「あふっ、ああああーー」
 ふたつ目の乳首が限界まで肥大化するのも時間の問題だった。
 朋美の指はそれを遂げると下腹部へ下りていく。若草の茂みを通り過ぎ、秘密の園へと直行する。指先が花芯に触れた。その部分が十分以上に滑っているのは、シャワーヘッドが吹き出してくるお湯に晒されていたからではない。
「はくぅっ」
 息が詰まる。その瞬間に秘孔の内側から新たな蜜が溢れた。乳首への刺激で準備はすでにできていたのだ。女の中心部から発せられた快感が全身に伝達されていく。つま先から脳天まで。朋美は頭が惚けてくるのを感じた。何かが脳みそに忍び込み、そこに書かれているものを消していくようだ。残った意識が命じるものは「花芯を愛撫せよ」とそれだけだった。
 二本の指が秘孔の内部へと侵入する。芳樹のペニスを模した動きで粘膜を擦り、体温が昇り詰めた秘孔内を行き来する。朋美の足は体重を支え切れなくなり膝が折れる。浴室のマットにお尻を付け、バスタブを背もたれにして足を広げる。AVならば良い映像になっていることだろう。
 シャワーヘッドはすでに手元には無い。マットの上に転がり、とんでもない方向にシャワーを吹き上げていた。空いた手が乳房に取り付く。そこは、ついさっき愛撫した時の何倍も敏感になっていた。そしてその性感は秘孔にも伝わる。相乗効果が両方の手が加速する。頭の中の白い闇がますます広がっていく。
「あああっ、あう、いいっ、あはん、あん、ああん、ああーん……」
 朋美は指を上に向けた。恥骨の裏側。愛美にも試した場所だ。ここを刺激されるのは諸刃の剣。もし拷問に使われたら何もかも白状してしまうだろう。芳樹にはまだ知られていない女の子の秘密。朋美の絶対的な弱点だった。
「いやっ!」
 朋美は指を引いた。
 今日のところはやめておこう。そこを刺激しなくても、こんなにも気持ち良いのだから。
 二本の指が再び秘孔をかき混ぜ始める。より敏感になった乳首との連携はまだ健在だ。朋美の意識レベルが限りなくゼロに近づいていく。
「あうっ、あうっ」
 痙攣のような感覚が背筋に走る。朋美はここぞとばかりに指先を深く埋め込んだ
「ああああっ、イッ……イクっ。あああぁぁぁぁぁぁーーー。イクっ、イクっ、いいっ……あっ、ダメっ、ああっ、ああーん、イッくうぅぅぅぅぅぅぅーーー」
 白い闇が朋美の脳裏を支配し、全身を性的な快感で包んだ。

 翌朝、目が覚めると朋美は全裸だった。
 目覚まし時計を止める。自分のベッドには寝ているし布団も掛けていた。カーテンの隙間から射し込む明かりで部屋の中を見回す。朋美の他には誰もいない。整理ダンスも勉強机もいつものままだ。
 夕べはお風呂でオナニーをして、気を失って、それから……
(そっか。そうだっけ)
 記憶が繋がった。朋美はその後バスタオルで体だけ拭くと、そのままベッドに飛び込んで寝てしまったのだ。何か余計なことを考える前に。
 今年は空梅雨なのか、六月の後半になっても天気の良い日が多かった。
(愛美ちゃん、今日も走っているのかな)
 陸上部に所属しているのは朋美だけではない。全くの偶然だが、愛美もまた陸上部だった。春の競技会を目指して早朝練習をしていたのだが、それも先日終了した。朝はゆっくりしていてもおかしくないのだが、愛美のランニングを靖史が自転車で伴走していた。毎朝デートしているようなものだ。
 家は隣同士。登校するのも一緒で学校でも公認の仲だと聞いている。
(芳樹が面白くないわけよね)
 朋美の口がほころぶ。でもそれは朋美にも言えることだった。
 靖史と付き合うようになっても愛美が朋美の奴隷であることには変わりがない。今でこそデートの時は朋美の許可を得るようにと言ってあるが、将来はどうなるものともわからない。靖史とセックスを重ねていけば、やはり男の子の方が良くなってしまうのだろうか。
 君枝から聞いた話だが、靖史は「愛美ちゃんが好きだ」と連発するらしい。
(芳樹は全然言ってくれないし……)
 朋美は芳樹のカノジョだと思っている。少なくとも君枝にはそう紹介してくれた……筈だ。でも、芳樹からケータイに掛かってくることは殆どない。いつも朋美からしていた。芳樹のアパートに行けば抱いてくれたし、デートに誘えば応じてくれた。先月の旅行も、朋美は一言「行きたい」と言っただけ。段取りしたのは全部芳樹だ。
 不満を言ったら罰が当たるのだろうか。
(そう言えば、この部屋に来たこともないのよね)
 朋美は体を起こした。ブラジャーをしていない胸が揺れる。芳樹が必要なのは、本当にこの乳房だけなのかもしれない……

 金曜日の晩、朋美は愛美と街のファーストフード店で待ち合わせをした。朋美のマンションまでは目と鼻の先だ。朋美はティシャツにハーフパンツという部屋着仕様で出向くと、愛美は店の前に立ちケータイをいじっていた。
「かわいいの、使っているのね」
 朋美が声を掛ける。愛美は慌ててケータイを隠した。
「こ、こんにちは。これは、その……小学生の時におねだりして、だから……」
「もしかしてキッズケータイ?」
「は、はい……。でも、制限は解除してありますから写メもiモードも使えるんですよ」
 無気になって説明していた。機種変更は高校生になってからという約束で買って貰ったのだと言う。中学生になってキッズケータイはコンプレックスになっていたのだろう。朋美はまたひとつ愛美の弱点を見つけた。
「愛美ちゃんたら、ケータイでもエッチなサイトばかり見てるんじゃないの?」
 ついからかってみたくなる朋美だった。
「そんなこと……あっ、そうだ。『露出っこクラブ』のケータイサイトもあるんですよ」
 愛美はケータイを取り出すと、画面に表示させた。パソコン版に比べれば簡単な造りのようだ。朋美は後でゆっくり見せて貰うことにした。
 その日の愛美はチュニックのワンピースだった。今夜は愛美を部屋に泊めて、明日の日中にSMクラブへ連れて行くことになっていた。プレイルームが使われるのは夕方から夜にかけてだ。昼間は空いているから自由に使って良いと店長から了解を得ていた。
 まずは腹ごしらえというわけだが、愛美の表情はさっきから複雑だった。浮いたり沈んだりしているのだろう。朋美にかわいがって貰える嬉しさと初めてのSM体験に対する恐怖が、あの小さな胸の中で戦っているに違いない。食事はとうに終わっているというのに、せっかくのシェークがまだ半分以上残っていた。
「今からそんなに緊張していたらもたないわよ」
 朋美が気持ちをほぐそうとするが、
「今夜は側にいてくださいね」
 愛美の耳には届いていないらしい。
 無理もない。以前にふたりでAVを見たことがあるが、愛美はSM系の作品ではまともに目を開けていられなかった。朋美が全裸で木の枝に吊られ芳樹にベルトで叩かれた時には泣きはらすばかりだった。愛美がMであることは間違いないが、SMという響きには恐怖の方が先行しているのだろう。
 朋美は話題を変えてみた。
「そう言えば管理人さんからメールが届いたと言っていたわね」
「はい、そうでした」
 愛美はポーチの中から折りたたんだ紙を取りだした。『露出っこクラブ』の管理人から届いたメールをプリントアウトしたものだ。

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愛美へ

ご主人様の名前は「朋美」というのだね。
私からの命令が欲しいって。
なるほど、元々はご主人様もMだったのかな。
今まで聞いた限りではかなり経験豊富みたいなので、そのつもりで考えてみた。
ちょっとハード過ぎるかもしれないが、朋美ならこなせると思う。

朋美への命令は「地下鉄キャッチボール」。

これを実行するのは協力者が必要だ。
愛美の他に、最低でももうひとりはね。
朋美は全裸の上に脱ぎやすい服を着て、他の誰かひとりと一緒に地下鉄のホームに立つ。
電車が来たら服をそのひとりに預けて電車に乗る。
次の駅でもうひとりが別の服を用意して待つ。
電車に乗っている間はずっと全裸というわけだ。
駅や時間帯にもよるけど、誰にも見られずに済むという可能性は低い。
そのつもりで実行すること。
十分な下見をして、くれぐれも打ち合わせ通りやるんだよ。

管理人
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 メールを読んでいる間、愛美はずっと朋美を見ていた。どんな反応をするか、興味があったのだろう。朋美自身、第一印象では「こんなの無理」だった。いくらなんでも全裸で電車に乗るなんて。それもたったひとりで。
(私を何だと思っているのかしら)
 正直なところ頭にさえ来ていた。
「ねえ、こんなの私にさせるつもりだったの?」
 目を上げたところに愛美がいた。
「えっ、朋美さんが……いえっ、あっ、でも管理人さんは……ううん、や、やっぱり無理、こんなのできないですよね」
「愛美ちゃん……」
 かなりの慌てようだ。朋美の語調に驚いたのも確かだか、雰囲気から察するに愛美は朋美ならできると思っていたようだ。
 管理人にしたところで、下見だ打ち合わせだと体裁を整えてはいるが、要は何とかしてやらせようとしているわけだ。管理人は、朋美が愛美と一緒に全裸で早朝の公園を一周したことや、日中に芳樹とふたりで全裸自販機を実行したことを知っていた。それにしても露出のレベルが違いすぎる。
「私にお手本を見せてくれるって言ってたから……」
 愛美が視線をこまめに動かしていた。
 確かに管理人へのメールにはそういうことも書いた。まんざらウソでもないが、それ以上に朋美は、この管理人と名乗る人物に興味を覚えたのだ。その場の思いつきに近かった。この人ならと期待させる何かを感じていた。
(見込み違いだったかしら)
 愛美の視線が熱い。素直さもこういう時は残酷なものだ。管理人の思惑はともかく、愛美はこの命令を朋美に実行してもらいたいらしい。あるいは愛美もやってみたいという思いがあるのだろうか。
「とりあえずこれは預かっておくわ」
 朋美はメールの書かれた紙をハーフパンツのポケットにしまった。
 フッとため息をつくと朋美はガラス窓から外に目を遣る。特に何というわけではなかったのだが、反対側の歩道に見覚えのある男の顔を見つけた。先日のお見合い会場で愛美を追いかけて来た鶴岡ハウス工業の社員だ。
 朋美は突然メニュー立てに顔を隠した。一緒にいる人物に気づいたからだ。忘れようとしても忘れられないあの顔。見間違えようもない。
(なんであの男が……)
「どうしたんですか?」
 愛美が不思議そうな目で見ている。
「う、うん。ちょっと会いたくない人がいてね。愛美ちゃんもこっち向いてて」
「は、はい」
 向かいの雑居ビルには飲み屋や雀荘などが入っている。男たちはその前で立ち話をしていた。もちろん声は聞こえない。
「あの人、この前ホテルに来てましたよね」
 愛美が不安そうな表情を向ける。朋美が少なからず動揺したところなど見たことがなかったのだろう。横目で男たちの姿を追いながらも見つからないように頭を下げていた。
「そ、そうね」
「実家で何かあったんですか?」
「えっ? ええ、そんなとこ。ゴメンね。心配かけちゃって」
 愛美がうまい具合に勘違いしてくれたのはラッキーだった。小声でのやり取りは他の客から見れば滑稽だったかもしれない。男たちがいなくなるのを待って、ふたりは朋美のマンションに引き上げた

 七階に向かって上昇を始めたエレベーターの中で、朋美は愛美の唇を奪った。防犯カメラに写っていることはわかっていた。愛美は少しだけ驚いた表情を見せたが抵抗するでもない。むしろ喜んでいるようだ。
「今までよりずっと恥ずかしい目に遭ってもらうわよ」
 朋美の言葉に、愛美は耳たぶまで真っ赤に染めた。
 部屋まで来るとドアの前に脱衣カゴが置いてあった。朋美が用意しておいたのだ。腕組みをして愛美を見つめる。愛美は朋美と脱衣カゴと交互に見比べていたが、恐らく最初から結論は出ていたのだと思う。
「ここでハダカになるんですか」
 愛美は目を伏せたままだった。
「そうよ。イヤなの?」
「そんなこと……私は朋美さんの奴隷だから」
 エレベーターから一番奥の部屋まで一直線の廊下だ。愛美は何度か首を振った後、肩に掛けていたポーチを外し脱衣カゴに入れた。覚悟はしてきた筈だ。でもそれは玄関の内側での話だ。指先が躊躇してしまうのも無理はない。
 胸元のリボンをほどく。ワンピース型のチュニックが大きく捲れ上がり、その下からは薄いピンク色の下着が現れた。実用性重視のシンプルなデザインだ。
(派手な下着を着けるようになったら要注意かもね)
 チュニックが脱衣カゴに入れられると、朋美はその脇に膝を折った。愛美が背中でブラジャーのホックを外そうとしているところだった。
「これなら透けそうにないわね。明日のSMクラブは下着なしで行きましょう」
 愛美の反応が一瞬遅れた。
「ええっ、ノーブラ・ノーパンですか?」
 思った通りの反応だった。『露出っこクラブ』のホームページには、そうした投稿を数多く掲載されている。そこへ出入りしている愛美ならば、いつかは自分にもそういう課題が出されるとわかっていた筈だ。
「そうよ。うれしいでしょ」
「あーん、朋美さんのイジワルぅ」
 愛美は脱いだばかりのブラジャーを丸めて脱衣カゴに投げ入れる。朋美と目が合うと背中を向けてしまう愛美。早くハダカになって部屋に入れて貰おうと考えたのだろう。一気にパンツを下げる。下着の裏側を気にするそぶりを見せたが、すぐに小さく畳んでチュニックの間に押し込んだ。
「これでいいですか」
 愛美は背中を丸め、膨らみ始めた乳房を両手で隠した。周囲が気になってならないといった様子で目線が定まらない。この階の住民が誰かひとりでもドアを開けたら、愛美に身を隠す場所はなかった。
「ミュールもよ」
 当然のことのように朋美は告げる。愛美にしてみれば「そこまでするの」といったところだろうか。素足になった指先が細かく動いていた。
 朋美は玄関のドアに鍵を差し込む。わざとゆっくりやって見せた。ドアを開けると脱衣カゴを中に入れた。代わりに首輪を取り出す。
「ああぁ……」
 愛美はするべきことがわかっていた。首輪を受け取り自分の手で首に巻く。留め金を掛けると朋美が南京錠で施錠した。いつもと違うのは、首輪にリードが付いていることだった。
「これの意味、わかるわよね」
 朋美がリードの持ち手を愛美の目線に持っていく。
「お部屋に入れてくれないのですか?」
 上目遣いで朋美を見る。察しの良い子だ。何をするつもりなのか、朋美の意図をすでに理解しているようだ。
「今日の愛美ちゃんはペットなの。お散歩に連れて行ってあげるわ」
「い、今からですか?」
「そうよ。早く四つん這いになりなさい」
 愛美は少しだけ恨みがましい目を向けたが、朋美に睨み返されて膝を付く。廊下を見回して躊躇いを見せた後、両方の手のひらを肩幅に広げて床に下ろした。
 そのままじっと動かない愛美。朋美はリードを曳いてみた。愛美は予期していなかったらしい。頭から倒れそうになって両手を前に出す。それに合わせて膝も動く。
「こんなの、ひどいですぅ」
 下まぶたに涙を溜めていた。四つん這いが余程惨めだったのだろう。全裸で首を曳かれるなんて経験は、少女の身に起こるべき出来事ではない。
「ペットなんだもの。当たり前じゃない」
 それでも愛美は動きそうにない。
「素直でかわいいペットなら、いくらでもかわいがってあげるんだけどなあ」
 返事はなかったが、愛美の目の奥に色の変化が見て取れた。朋美は「行くわよ」とリードを曳く手に力を込める。やりすぎたら後が大変だと気にはなったが、それ以上文句を言わずに付いてきた。もちろん四つん這いで、だ。膝を付いて歩く動作は朋美の歩幅を狭める。周囲も気になって仕方がないのだろう。部屋から離れていくのだから尚更だ。
 エレベーターの前まで来た。ボタンを押す朋美を、愛美は不安げな顔を見上げる。
「どこまで行くんですか?」
 その質問は当然だろう。
「いいから付いてきなさい」
「でも……」
 愛美はお尻を床に着けた。朋美はその脇にしゃがんで愛美の顔の高さに合わせる。
「これはお仕置きでもあるのよ。もう少し我慢しなさい」
「はあぁぁぁ」
 視線が宙に泳いでいた。
「愛美ちゃん?」
 軽くイッたのだろうか。いつ他人の目に晒されるのかわからない場所を犬のような姿で引き回され、お仕置きだと言われて気持ちを高ぶらせる少女。朋美の声も耳に届いていないのかもしれない。
(この子ったら……)
 朋美は愛美の鼻の先で手を打った。目をまん丸にして背中まで振るわせる愛美。首を左右に向け、次いで自分の姿に目を落とす。
「あああぁぁぁ」
 自分の置かれた状況を思い出したようだ。長い息をひとつ吐いた後、顔を正面に戻す。朋美は愛美の頭に手を載せた。
「愛美ちゃん、素質あるわ」
「そんなっ」
「でも、まだまだ勘弁してあげないんだから」
 ふたりの目の前でエレベーターのドアが開いた。朋美はリードを持って立ち上がる。エレベーターのドアが閉まらないように手で押さえ、愛美に乗るように促した。
「朋美さん……」
 愛美はお尻を上げて四つん這いに戻る。
「ほら、早くしなさい」
 朋美に催促され、ゆっくりとした動作で歩き出す。愛美の体がエレベーターに収まると、朋美も後から乗り込んだ。一階のボタンを押す指先を愛美も見ていた。朋美と目が合うと慌てて逸らす。
 いったいどんな想いなのだろう。朋美の部屋でかわいがってもらうつもりで来たのだ。それが部屋にも入れて貰えず、廊下でハダカにされて犬のように首輪を曳かれ、エレベーターにまで乗せられた。
 どこまで連れて行かれ、何をさせられるのか、不安でたまらないに違いない。
 その一方で気を遣る寸前にまで上り詰めている。幼い花芯に蜜を溢れさせていることだろう。どこまでもいじらしく、それでいてもっといじめてみたくなる。首を上げて様子を伺う愛美。朋美は気づかぬふりをした。
 エレベーターが止まった。愛美は朋美の足下に隠れる。ドアの向こうに人がいたら、そんな動作も役には立たない。せめても救いは、ここが女性専用マンションだということか。
 一階のエレベーターホールには誰もいなかった。
「降りて」
 朋美が「開」のボタンを押している。愛美は目でイヤイヤをしたが、朋美に睨み返され四肢を動かす。扉のところで顔をのぞかせ周囲を確認した後、もう一度朋美を見上げた。それで勘弁して貰えるとは思っていない筈だ。正面をむき直し、四つん這いでホールへ降りていく。全身がエレベーターの四角い箱から出た。
 このままリードを投げ出してエレベーターのドアを閉めたらどうするだろう。
 ちょっとした思いつきだったが、今日のところはやめておいた。この先、まだやることが残っていた。
 朋美もホールに出る。マンションの玄関はすぐそこだ。
「どこまで行くんですか」
 愛美はたまらなくなっただろう。今まで我慢していた疑問を声にした。
「さっきのお店に忘れ物をしたのよ」
「ええっ!」
 このままマンションの外まで連れ出される、それは愛美にとって信じられないことだったに違いない。足が竦み、体が強ばる。
「行くわよ」
 朋美が歩き出す。首輪に締め付けられ愛美も前に進む。自動ドアが開いた。外の空気が裸身を包む。愛美は四つん這いの身をさらに低くして置き石のように丸くなった。
「ダメです。これ以上は勘弁してください」
「あら残念。お店の女の子にこの姿を見せて上げようと思ってたのに」
「ごめんなさい。許してください」
 愛美は本気で泣き出しそうだった。
「うっそ。そこまではしないわ」
 朋美は膝を折って愛美の視線まで顔を下ろし、涙がこぼれ落ちそうな目尻にキスをした。
「朋美さん……」
「さっ、帰りましょう」
 朋美はリードを取り、エレベーターに向かって歩き出す。愛美は足の力を取り戻した。小犬が飼い主とじゃれるように朋美の足下を歩く。しっぽがあったら思い切り振っていたところだろう。
 管理人室の小窓に明かりが点いた。エレベーターに乗るにはその前を通らなければならない。愛美はまだ気づいていないようだ。
「栗田さん」
 その声はマンションの管理人・持田藍子だ。三十代前半の女性で独身だと聞いている。オーナーの親戚か何かなのだろう。上品で綺麗な顔立ちをしていたが、性格はきつそうな感じの人だった。
「はいっ、何ですか?」
 朋美はリードを短く持ち、愛美を小窓の下に潜らせた。体が大きく震えているのがわかる。頭の上で他人の声がしているのだ。息をするのもためらわれるのだろう。床に丸めた体をどこまでも小さくしていた。
「荷物を預かっているわ。はい、これ」
 事務的な口調で小包を差し出す。朋美が先日頼んだ品物が届いたのだ。藍子がいぶかしげな目で朋美を見ていた。中身が何だかわかっているのだ。
「ほどほどにしておきなさいよ」
 それだけ言うと、小窓の引き戸を閉めた。
 その下では愛美がうずくまっていた。生きた心地がしなかったのだろう。取り戻したばかりの元気を全部吐き出してしまったようだ。朋美にとっても予定外のハプニングだった。愛美を抱き起こし裸身を両手で包む。
「怖かったよねえ。もう大丈夫だから」
 愛美の顔が引きつっていた。腰が抜けたわけではないだろうが、すぐには動けそうにない。とは言え、ここにいれば余計に危険なだけだ。
「ほら、早くエレベーターに乗らないと」
 朋美は立ち上がり、小包を片手にリードを曳く。エレベーターに向かって歩き出した愛美だが、視線も定まっていない様子だ。この際二本足でもと思ったが、愛美は四つん這いを続けた。本人も自覚していないのかもしれない。エレベーターに乗ってからも変わらなかった。全く口を開かない。立ち上がって朋美に抱きついてくるでもない。手足を折り畳み床に伏せた。
 七階に着き、エレベーターが止まった。愛美は起きあがる。ドアが開くと自分から出ていった。朋美の方を振り向くでもなく、夢遊病にかかった小犬のようにふらふらと歩く。朋美の部屋の前までそんな調子だった。
「お風呂に入っちゃおうね」
 部屋に入ると朋美は首輪の南京錠を外し、お風呂のお湯を入れに行く。愛美は玄関マットの上に座っていた。首輪はまだ着けたままだ。
 気が触れてしまったのだろうか。
 さすがに朋美も心配になった。こんな愛美は見たことがない。とりあえず首輪を外してやる。首筋に擦れた痕がないかとチェックした。
「死ぬかと思ったぁ」
 突然、愛美がすがりつく。朋美は尻餅をついたが、覆い被さってくる愛美をそのまま抱きしめる。愛美は泣き出した。
「怖かったよぉー。恥ずかしかったよぉー」
 顔中を泣き濡らして朋美のシャツに押し付ける。初めての四つん這いでギリギリだったところにハプニングが起き、この小さな体には耐えきれなかったのだろう。朋美の部屋に戻るまで、よく我慢したと言ったところか。
「えらいわ。よく頑張ったね」
 朋美は腕に力を込めた。
 涙を止めることのできない愛美をだましだましお風呂に入れ、最低限度の汚れだけ流して寝室に連れて行く。ふたりでベッドに入り、ようやく愛美も落ち着いてきた。ふたりとも全裸だった。元々がされるがままの愛美だが、今日は特に赤ん坊のようだ。ここぞとばかり甘えていたのかもしれない。
 オレンジ色の豆電球の下、長く熱い口づけを交わす。
「首輪、付けなくていいんですか?」
 愛美から口にした。忘れていたわけではない。今日は特別に勘弁してあげようと思っていたのだが、この様子ならもう大丈夫だ。
「よく気がついたわね。玄関にあるから持って来なさい。愛美ちゃんはまだ犬なんだからね。手を使っちゃダメよ。口でくわえていらっしゃい」
「……はい」
 愛美は少しだけ怯えたような表情を見せたが、嫌がっているようでもない。ベッドから下りると四つん這いになる。お尻を揺らして歩く姿が無性にかわいい。が、リビングとの間を仕切る引き戸の前で止まった。
 こちらを見ている。
「どうしたの?」
 朋美にはわからなかった。
「だって私、犬だから……引き戸、開けてもいいのかなって」
「そ、そうだったわね。愛美ちゃんはえらいわ」
 朋美はベッドから出るとバスローブを肩に掛け、愛美の脇に立って引き戸を開けた。愛美は朋美の素足に頬ずりをするとリビングに出る。扉がもう一枚あった。リビングから廊下に出るところだ。朋美が先回りをして開けてやる。
 愛美はすっかり犬になり切っていた。朋美が仕掛けたことだが、予想以上の反応だった。愛美にはこういうのが一番合っているのかもしれないと思う。手のひらと膝で廊下を歩き首輪をくわえて戻ってくる姿に目を細めた。
(奴隷よりペットかしら)
 朋美が首輪を付けている間も喜びをまるで隠そうとしない。今にもクンクンと泣き出しそうだ。朋美は南京錠に施錠すると愛美の頭を抱きしめた。
「いらっしゃい」
 朋美がベッドに向かうと足下を遅れないように着いて来る。こんな風に河原や公園を散歩させられたらどんなに楽しいだろう。小さな子供たちや他の小犬たちと嬉しそうに遊ぶ愛美の姿を思い浮かべた。
 ベッドに入ると、愛美はいつものように背中を向けて丸くなる。朋美は部屋の明かりを消すと、そのふくよかな胸を押しつけた。肩が細かく震え、微かに吐息が漏れた。
「愛美ちゃんは犬になるのが好きみたいね」
「はあぅーん……」
 喘ぎ声だか、ただ「はい」と返事をしただけなのか、微妙なところだった。
「さっきエレベーターの前でイッたでしょ」
「えっ、私が……ですか?」
「すごいわよねえ。いつ誰が来るかわからないのに。覚えてないの?」
「は、はい」
「それじゃ、思い出してごらんなさい」
 本当に覚えていないのかもしれない。愛美は全裸で廊下を引き回され、首輪をした四つん這いでエレベーターに乗せられるとわかり、それがお仕置きだと告げられて意識を飛ばした。あれから三十分と経っていない。
「ああ……」
 思い出したようだ。
「そんなに気持ち良かったの?」
「い、いじめないで」
「あら、感想を聞いているだけじゃない。管理人室の前でもぼうっとしていたわよねえ」
「いやぁあああ」
 愛美は背中を向けたまま耳を塞いだ。朋美がそんなことで許すわけがない。耳に当てた手を強引に引きはがす。
「どうなの? はっきりしなさい」
「えっ、あのぅ、ああ……」
 腰が痙攣し始めた。胸の先が背中に当たっている以外は何もしていないというのに、愛美はもう妖しい声を出している。
「愛美ちゃん、濡れてるでしょ」
「言わないで……」
「犬にされて、ハダカで廊下を歩かされてエッチな気分になっちゃったんだよねえ」
 朋美は耳の裏を舐めた。
「あん、あっ、ああああ……」
(本当に言葉だけでイッちゃうのかしら)
 愛美の顔は見えない。それでもどんな表情をしているかは思い知ることができた。
「ホントはマンションの外まで行きたかったんでしょ」
「あうっ、そんなっ、はああ……」
「明日はSMクラブまで、犬の姿で行こうか」
 その言葉で愛美の全身が石になった。
 が、それも一瞬のこと。丸まっていた背筋をのけ反らせ首が大きく跳ねる。朋美とぶつかりそうになり距離をとった。
「はひぃっ。いいいーー、イクっ、イクっ、あああ、ダメぇーーーー」
 朋美は全く手を出していない。
「ああ……なんでぇ、ひぃいいいーー、イクっ、イッちゃう。イッちゃうよおーーー」
 こういうのも自滅というのだろうか。朋美は愛美が感じそうな文字を並べただけだ。愛美が感じやすくなっていることは感じていたが、まさか本当に言葉だけでイってしまうとは思わなかった。
「せっかく用意したのに、無駄になっちゃったわね」
 朋美は藍子から渡された小包を思い出した。中身は愛美とのプレイ用に買い求めたバイブやローターの類だった。



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