第5話 SMクラブ
翌日は朝からうす曇りの天気だが、予報では雨が降らないと言っていた。出発の時間が近づき朋美が外出の支度を終えても、愛美は首輪を付けたままの全裸だ。南京錠の鍵は朋美が持っている。自分ではどうすることもできない愛美は不安げなまなざしで朋美を追いかける。雑談は交わしても、お互いにその事には触れようとしない。
「行こうか」
朋美に言われて、愛美はようやく口を開いた。
「私はこのまま行くのですか?」
夕べはエントランスの自動ドアまで連れて行かれた愛美だ。街中を四つん這いで引き回される姿を思い浮かべていたのだろう。
「そうしたいの?」
「えっ、だって……」
逆に聞き返されるとは思っていなかったようだ。愛美は顔を真っ赤に火照らせた。そうしたいと思う気持ちが心のどこかにあったのだろう。
「いらっしゃい」
朋美は玄関に愛美を立たせると首輪の南京錠を外した。足下には愛美の衣類を入れた脱衣カゴが出してあった。
「愛美ちゃんがこの部屋で服を着ていいのは玄関だけ。そう言ってあったでしょ」
十時過ぎにマンションを出た。SMクラブまでは電車で一時間余り。朋美は白いブラウスにタイトスカート、愛美はチュニックのワンピースを着ていた。昨日の晩に言われた通り素肌の上にそれだけだ。
愛美のチュニックはミニ丈と言っても、まだまだ余裕があった。普通にしていてパンチラすることもないだろう。それでも街中を歩く際にはめくれたりしないかと気にしていた。駅の階段では下にいる人から注意を逸らすことができない様子だ。朋美にぴったりと寄り添い、手を握って離さない。
「大丈夫よ。今日はめくったりしないから」
朋美に言われても、愛美には気休めに過ぎなかったことだろう。「今日」はめくらないだけで、この次は人ごみでもノーパンのお尻を晒されるかもしれない、そう思わせるのが朋美の狙いだった。
目的の駅に着く。そこは大都会の一角だった。建物の背丈も高く人も交通量も多い。歩道を歩く人の足も速く、いつも通りにしていたら通行人の邪魔になってしまう。愛美が朋美の腕にしがみつく。慣れていないこともあるが、何よりも朋美とはぐれるのが怖かったのだろう。これから行く場所への不安は、想像を遙かに超えていたに違いない。
朋美は路地に入り、とある雑居ビルの前で足を止めた。
「ここの三階にあるの」
まだ繁華街の中心部と言って良いだろう。駅から歩いて五分程度の場所だったが、表通りと違って通行量は殆どない。夜になればまた違うのだろうが。愛美はビルの広告看板に『SMクラブ 赤い靴』の文字を見つけたようだ。
朋美は雑居ビルの脇のすき間に入っていく。非常階段の錆びた手摺りで服を汚さないように注意しながら三階の外扉の前まで昇る。表からならエレベーターがあるのだが、こちらは裏口だった。朋美は振り向く。愛美の頬がいよいよこわばっていた。
「芳樹とも、ここまでは来たことがあるのよ」
「お兄ちゃんと?」
「好きでしょ、こういうの。でもプレイはしないで帰っちゃった。私は良かったんだけど、ビビったのかしらね」
朋美は愛美の頭に手を乗せて揺すった。
中に入ると暗い廊下があるだけだった。朋美は手探りで壁を当たる。廊下の明かりは点いたが、赤く薄暗い照明だった。壁はコンクリートが剥き出しになっていた。両側にドス黒い鉄の扉が並ぶ。右にひとつ。左にふたつ。目の高さに小窓があり、鉄格子が嵌っていた。
「ここがプレイルームよ。愛美ちゃんをいじめるための部屋ね」
「ああ……」
愛美は言葉が出ない。それを横目で見ながら朋美は右側の扉のノブに手を掛ける。鉄の擦れる低い音が響いた。
「さあ、どうぞ」
愛美の視線は部屋の中へと向いていた。それなのに体重が踵にかかる。後ずさりする寸前だった。その手首を掴み、朋美はプレイルームへ導く。
「イヤっ、こ、怖い」
「今さら何言ってるの。SMクラブなんだから怖いことするのは当たり前でしょ」
朋美は愛美の体をしっかりと抱きしめて離さない。愛美は顔を背け部屋の中を見ないようにして足を突っ張る。チュニックの裾がめくれ、ノーパンのお尻が見え隠れする。こんなに抵抗するのは初めてだった。
「ほら、よく中を見てごらんなさい」
愛美の顎に手を当て、強引に向きを変えた。
「あっ!」
愛美は息を詰まらせた。鉄の扉の向こうにはもうひとつ鉄格子があり、その奥の壁は煉瓦貼りになっていた。照明は廊下より少しだけ明るかった。パイプ製のイスが置かれ所々に皮のベルトが付いていた。天井からは何本もの鎖が下がっている。滑車やフックの付いたものもある。等身大の十字架も見えた。
愛美は目を丸くしてそれらを見ていた。あれほど怖がっていたのに目が離せないようだ。
「気に入ったみたいね」
「えっ?」
瞬きをして振り向く愛美。朋美はその唇を奪った。不意を突かれ、愛美は訳もわからずに体を預けた、そんな感じだった。キスに酔っていた方が楽だと瞬時に判断したのだろう。朋美は舌先で愛美の憂いを舐め取ると、抵抗を止めた少女の体躯を鉄格子の中へと運んだ。
死角になっていた壁にはロープの束が何本も掛けられていた。一本鞭やバラ鞭もそれぞれ何種類か用意され、皮製の手枷・足枷。手錠、アイマスク、ボールギャグ、クリップ、羽根などの小物も片隅のボードに集められていた。その奥のバスルームはガラス貼り。トイレに至っては一段高くなって台の上で和式の便座がこちらを向いていた。
反対側には三角木馬。そして鋼鉄の檻。
昨日の「犬のお散歩プレイ」であれだけ興奮していた愛美だ。首輪をしてこの檻に入れたらどんな反応をするのだろうと、朋美は密かに期待していた。
「さて、それじゃ脱いで貰おうかな」
愛美はまだ朋美の胸で怯えていた。ネットでSMクラブの内装は見ていたようだが、実際に目の前にするのは初めての筈だ。物々しさには威圧されるのも仕方がない。
「朋美さん……」
「ぐずぐずしているとお仕置きの時間が長くなるだけよ」
「はあぅ」
愛美はミュールを脱ぐ。後はチュニック一枚だ。ポーチを肩から外し胸のリボンを解いたところで指が止まる。服の上からもどかしげに身を揉む。怖いと言いながらも、その身の奥底からこみ上げる期待を肯定することができず、熱くなる体をもてあましているのだ。
(ひとりでは無理みたいね)
朋美はチュニックの裾に手を掛ける。下からまくり上げ一気に脱がしてしまおうと言うのだ。愛美は抵抗しなかった。むしろ朋美の意図を感じ取り協力する。ふたりの共同作業は瞬く間に愛美を生まれたままの姿にした。
「ああーん、私……変ですぅ」
愛美は体の前で両手を交差させ、背中を丸める。
「そうね。愛美ちゃんはいじめられるのが好きな変態さんだものね」
「ち、違います」
「あら、だったら何でこんなところでハダカになっているのかしら」
「それは朋美さんが……」
朋美はもう聞いてはいなかった。部屋に置いてある責め具をひとつずつ確認するように見て回る。どれもこれも使ったことがあるものばかりだ。
「ねっ、どれから試してみる?」
悪戯っ子の口ぶりだ。愛美に選ぶことなんてできないと知り尽くしていた。それでも尚聞いてくる。愛美への責めはとっくに始まっているのだ。
「SMの基本は、やっぱりこれよね」
朋美は壁に掛かっていたロープを手にした。
「し、縛るのですか。私を」
「そうよ。さあ、背中を向けて両手を後ろに回しなさい」
「イヤッ」
愛美は後ずさりしていた。
「イヤじゃないのよ。そのために来たんだから」
朋美に手首を掴まれると、愛美は力を吸い取られるようにその場へ崩れる。もう片方の手もねじ上げられて背中でひとつに合わされる。重なった手首にロープが巻き付けられた。
「ああっ、こわい……」
縄止めが済んだ。もう愛美の両手は動かない。
「どお。雰囲気が出て来たでしょ」
「こわいです。もう、解いてください」
「何言ってるの。まだまだこれからじゃない」
朋美は手首を縛ったロープの余りを愛美の胸に持っていく。
「あっ、何を」
愛美は堅く冷たいフロアに正座させられる形になり、胸から二の腕に掛けられるロープに拘束されていく。成長途上の乳房は上下を二巻きずつ縛られ、形をゆがめる。柔肌に食い込むロープが痛々しい。
「あうっ」
朋美がロープを引き絞り、縄止めを施した愛美の全裸後ろ手縛りの完成だ。
「愛美ちゃん、かわいいわよ」
「ああ、そんなぁ」
ハダカで両手の自由を奪われてしまうことの切なさを、愛美は今味わっているのだろう。怖いのに、恥ずかしいのに、何もできない我が身。こんな姿では、例え鉄格子が無くても逃げ出すことすらできない。
背中の手首が揺れ動く。ロープを解こうとしているのだろう。朋美は以前にここでアルバイトをしていたことがある。縛りの手ほどきも一通りは受けていた。その朋美が縛ったのだ。こうなってしまってはどうにもならない。
「はああぁぁぁ……」
縛られただけで喘ぎ声が妖しくなっていく。愛美はノーブラ・ノーパンで街中を歩かされ、ここまで連れて来られた。この部屋に入る前から花芯は十分に潤っていたことだろう。そこへさらに体の自由を奪われ、Mの本性が現れ始めているのだ。
(この子ったら、思った以上かも)
朋美にはまだやることが残っていた。
「そのままでちょっと待っててね。女王様を連れてくるから」
「ええっ、朋美さんがいじめてくれるんじゃ……」
声が裏返っている。部屋の雰囲気に圧倒されてはいても、朋美と二人きりだから何とか耐えていられるのだろう。ここに他人が来ることなど考えも及ばなかったに違いない。
「わざわざSMクラブまで来た意味がないでしょ」
朋美は棚から大型の南京錠を取ると、愛美のポーチをチュニックでくるみミュールと一緒に抱え込んだ。
「朋美さん!」
「これは向こうの部屋で預かっておくわね」
愛美は膝で立ちあがり、すがりつこうとする。朋美はそのおでこを軽く押した。バランスを崩した愛美は、手を付いて体を支えることもできず、そのまま床に寝ころぶ。朋美は鉄格子の外に出た。
プレイルームに響いた金属音は鉄格子に掛けられた南京錠だ。
「愛美ちゃん、これでもう逃げられないわよ」
「い、行かないでください」
泣き声になっていた。
「すぐに帰ってくるわよ」
「イヤっ、ひとりにしないで」
朋美はもう答えない。背中を向けて片手を振ると外側の鉄の扉を開き、そして閉めた。
廊下に出ると、入って来た方向とは逆に進んだ。その先のドアを開けると、そこはSMクラブの事務所になっていた。いかにもという感じのボンデージを身に付けた女性が、バラ鞭を手に朋美を待っていた。
「こんにちは、藍子さん。今日は無理言ってすみません」
朋美は抱えて来た衣類とポーチを事務机の上に置いた。
「いいのよ。私も退屈していたところだし。それよりそれ、あの子のでしょ。脱がして持って来ちゃうなんて、朋美ちゃんもイジワルね」
SMの女王様は藍子の趣味だ。朋美がこの店でアルバイトをしていた頃は仕事仲間だったのだが、今はたまに顔を出すだけだと言う。ここには楽しい思い出ばかりではない。中学生の朋美に人気を奪われた先輩SM嬢の妬みを買ったこともあった。
「藍子さん程じゃないと思いますよ」
「あら、そんな人にかわいい子猫ちゃんを預けちゃっていいのかしら」
「はい、かわいがってあげてくださいね」
そのために来たのだから。朋美はあらためて頭を下げた。
越境が決まり、初めてマンションの管理人室で藍子と顔を合わせた時の驚きは例えようもない。すぐにふたりの間で協定ができた。共通の秘密は誰にも口外しないと。藍子がマンションで「栗田さん」と呼んでいるのもそのひとつだった。
「そもそも私がSになったのは朋美ちゃんのせいよ。元々はMだったんだから」
「ははっ、そうでしたっけ……」
朋美は頭を掻いた。
「店長に言われてショーにも出たけど、私だって小娘の……」
「ごめんなさい。その話はまた今度でいいですか?」
朋美は手のひらを突き出して藍子を制した。昔話に花を咲かせている時間はない。全裸で後ろ手に縛られたままの愛美がどんな想いで待っていることか。
「わかってるわよ。それじゃ行きましょうか」
藍子が席を立った。身長は朋美と同じくらいだが、高いヒールを履いている分上背が増す。体の凹凸もはっきりしていて迫力のある女王様ぶりだ。
ふたりして廊下に出ると、愛美が待っている部屋の前に立った。
「あのぅ、藍子さん」
朋美の方が呼び止める。
「この前話した通り、痛い系はちょっと……」
「大丈夫よ。その代わり、私が欲求不満になったら、朋美ちゃんに受けて貰うからね」
藍子は朋美の鼻先でバラ鞭を鳴らして見せた。
愛美は恥ずかしいことをされるのが好きでも、鞭で叩かれたり、ローソクで責められたりするのは好まないと思う。バージンを散らしたばかりの中学生なのだと、藍子にはくどいくらいに確認してあった。
鉄の扉を開くと、鉄格子の向こうに愛美が頭を高くするのが見えた。
「お待たせ。放置責めは楽しんで貰えたかしら?」
「朋美さん……あっ」
愛美は、朋美の後ろに人影を見つけたのだろう。不自由な体を動かして背中を向けた。南京錠の鍵を開けて鉄格子を開く朋美。それを押しのけて藍子が前に出る。
「愛美ちゃん……だっけ。たっぷりかわいがってあげるわね」
「ううっ」
愛美が声を上げたのは、藍子がヒールの踵を愛美の背中に押し付けたからだ。その足を下ろすことなく、腰だけ落として床をバラ鞭で叩く。大きな音が響いた。愛美の肩が揺れ、背中はさらに丸くなる。
「ひぃいいーー」
「最近の奴隷は挨拶もできないの?」
藍子はすでに女王様モード全開だった。愛美にはSMクラブでの作法を教えていない。まして初めての全裸緊縛、そしてその姿を他人の目に晒された恐怖で愛美は声も出ない。朋美が寄り添い、愛美の両肩を握った。藍子は仁王立ちになる。
「さあ愛美ちゃん、女王様にご挨拶しましょうね」
「朋美さん、私……」
軽いキスで愛美の口を塞ぐ。
「できるわよね」
否定も肯定もできずにいる愛美を抱き上げ、正座させた。そして耳元で囁く。朋美は挨拶の言葉を伝えたのだ。その上で、
「わかったわね。私に恥を掻かせないで」
藍子にも聞こえるように言う。愛美はもう一度唇を求めたが、朋美はそれをかわした。早くしなさいと睨み付ける。
「愛美です。今日は、よ、よろしく……お願い致します」
全裸で後ろ手に縛られたまま頭を下げるのだ。土下座するよりも屈辱的なポーズを強いられ、それだけでも愛美は泣き出したかったに違いない。堪えるだけ堪えて、朋美から言われた通りのセリフを口にした。
「まっ、いいわ。今日のところはそれで勘弁しておいてあげる」
愛美は頭をあげようともせず、肩を震わせた。
「愛美ちゃんは今から私の奴隷よ。どんな命令にも逆らってはいけないの。調教中は『イヤ』とか『ダメ』とか言っても聞いてあげないわ。でも、どうしてもダメな時はNGワードを言いなさい。『お許しください』って。手加減してあげるから」
いつも通りのルール説明だが、愛美の耳に届いているのだろうか。
「私にハダカを見られるのが、そんなに恥ずかしいのかしら」
ハダカの胸を見られるのがイヤで体を前に倒している。藍子からすれば、そのように思われても仕方がないところだろう。
「あら、お返事がないのねえ」
藍子は片膝を付き、愛美の顎を持ち上げた。
「怖がっているのね。かわいいわ。でも、今の愛美ちゃんは私の奴隷なのよ。さあ、体をよく見せてご覧なさい」
愛美は首だけ捻って朋美を見上げる。朋美は諭すように見つめ返す。いよいよ追いつめられた表情の愛美。少しだけ間を置いた後で、ゆっくりと上体を起こし始めた。藍子は急かすでもなく、じっと見守るばかりだった。
(いつもの藍子さんらしくないわね)
朋美にはそう思えてならなかった。念を押して頼んだからだろうか。今日の藍子はやさしい女王様を演じている。いつもなら天井から垂れ下がるフックを後ろ手のロープ引っかけ、愛美の体を吊り上げている頃だ。真っ白なお尻に鞭の痕が刻まれていてもおかしくない。それとも何か考えがあるのだろうか。
「生で見ると、思ったより膨らんでいるのね」
ロープに絞り出された愛美の乳房が、藍子の目に晒されていた。
「えっ……?」
愛美の目が動いた。次に顔が藍子へ、そして朋美へと向けられる。
「藍子さんはマンションの管理人なの」
「そうよ。愛美ちゃんのハダカはたっぷりと見せて貰ったわ。監視カメラでね」
「ひぇっ!」
夕べ、朋美のマンションでした犬のお散歩プレイの一部始終を見られていたわけだ。考えて見ればわかることだ。監視カメラがあることを朋美は承知していた。その上で愛美をエレベーターにも乗せ、エントランスも這わせた。管理人がグルでなければできることではない。
「だからもう隠しても無駄なの。わかってくれたかしら」
「……はい」
愛美が答えると、藍子の口元に笑みが浮かんだ。
「それじゃこっちも丸出しにしましょうね」
藍子の指先が愛美の股間に触れた。と思うと立ち上がり、備品類の掛けてあるボードに向かう。ハサミを持って戻ると、愛美の目の前で金属が擦れ合う音をさせた。
「膝で立ってご覧なさい」
やさしい口調だが、藍子の言葉には逆らい難い威圧感がある。
「な、何を?」
「だから、邪魔なヘアーを刈り取ってしまうのよ」
「ええっ!」
愛美の恥丘に生え始めたばかり飾り毛。それにハサミを入れて少女の縦割れを丸出しにしようと言うのだ。
「ここに来るからにはそれくらい覚悟の上よね」
藍子は膝立ちにならない愛美を抱え上げ、ヘアーを前に突き出す姿勢を取らせる。愛美は拒絶をする機会を失ったまま、奥歯を噛みしめた。
「まだ薄いのね。これなら簡単だわ」
愛美の顔が苦悶にゆがむ。藍子はわざと言っているのだ。
「かわいくしてあげるからね」
ハサミが股間に近づく。愛美が反射的に腰を引くと、藍子にお尻を叩かれた。
「ひゃあ!」
平手だったが、愛美は母親にも叩かれたことがないのだろう。天井に向けて目を見開く。その後は抵抗する気を無くしたようにおとなしくなった。もう朋美の姿も見えていないのかもしれない。
金属の擦れる音がプレイルームに響く。その度に愛美の飾り毛が床に落ちていく。愛美は首を捻り、肩に頬を押し付けるようにして耐えていたが、とうとう涙をこぼし始めた。十四歳の少女にはタフ過ぎる体験だったに違いない。
「あら、どうしたの?」
藍子の言葉もわざとらしい。愛美の股間は、すでに産毛程度が残るのみだ。ハサミではこれが限界だった。後はカミソリで剃らないと却って汚らしい。
「ここの毛がなくなっちゃったのが悲しくて泣いているんでしょ」
床に落ちた飾り毛をつまみ上げ、愛美の目の前にかざす。それを目にしているのかどうかもわからない。
「でもこれ、もうくっつかないわよ。どうする?」
愛美には返事のしようもない。両手の自由を奪われたまま恥ずかしい姿にされていく自分をどうにもすることができず、すすり泣くばかりだった。
朋美は感心していた。藍子はこうやって女の子を調教するのだと。愛美のような初心者でも体に傷を付けることなく被虐の味を教え込んでいく。どんなに悲しくても抵抗することは許されない。愛美はもう藍子の手の内だ。
藍子に目配せされ、朋美はバスルームに向かう。洗面器にお湯を汲んでタオルを浸した。シャボンとハケと、そして最後にカミソリを手にした。
プレイルームに戻ると、愛美は仰向けに寝かされ、足を広げられていた。背中にはクッションが敷いてある。後ろ手縛りでは手首に体重がかかる。こうしないと痛いのだ。ネチネチと虐めてはいても、こうした配慮は欠かさない藍子だった。
「さあ、準備もできたようね」
藍子は洗面器からタオルを取り出すと、お湯を絞って愛美の股間に当てる。
「あうっ」
「ちょっと熱かったかしら。でも、これやっとかないと後が辛いわよ」
涙を流したままの頬が痛々しい。朋美は愛美に駆け寄り抱きしめたくなる。もういい。もう十分だと。でもまだ今日の調教は始まったばかりだ。剃毛はいわば奴隷になるための儀式のようなもの。これが済んで初めてスタート地点に立つのだ。
藍子はタオルをもう一度お湯に入れ絞り直す。愛美の股間には殆ど恥毛は残っていなかった。少女の縦割れを露出させるだけなら、もう剃るまでも無いのかもしれない。
その部分が十分に暖まり毛穴が開くのを確認すると、藍子は朋美の用意したハケでシャボンを塗りつける。されるがままになっている愛美だが、どんな心境でいるのだろう。藍子はただ恥丘に沿って手先を動かすだけでなく、ハケの先でクリトリスの包皮にイタズラを仕掛けたりもした。わざとやっているとは思わなかったのだろう。微妙な反応を示す愛美だが、声を出すのもじっと我慢しているように見えた。
「愛美ちゃんって、カレシはいるのかしら?」
藍子が尋ねるが、愛美はそれどころではないらしい。朋美が代わりに頷く。
「そう。でも、当分はエッチできなくなっちゃうわね」
カミソリがシャボンの上端に当てられた。慣れた手つきで肌を這う。恥丘に残された飾り毛が剃り取られていく。朋美はその間に洗面器のお湯とタオルを取り替えに行く。大した時間は掛からなかった。シャボンがすべて無くなると、そこには真っ白な柔肌と無垢な縦溝が現れた。
「愛美ちゃん、これで赤ちゃんに逆戻りね」
濡れタオルでその部分を拭き取りながら藍子が言う。愛美の目からもう一度涙がこぼれた。
ここまでして良かったのかと思う。
朋美が初めてここに来たのも中学生の時だ。愛美よりもひとつ年下だった。同じように剃毛もされたが朋美は泣かなかった。泣いてしまえば自分の負けだと思った。家に戻らなければならなくなる。必死で耐えた。朋美が涙を流したのは誰もいないひとりの寝床に戻ってからのことだった。
「はい、できたわよ」
藍子が愛美を立たせる。朋美と目が合った。泣きはらした目を一瞬逸らした愛美だが、すぐに戻すと口元に笑みを浮かべて見せた。
「さて、次はどうしようかしら」
藍子は愛美をからかっているのだ。やることは、もうとっくに決めている筈だ。何をされるかわからないから不安になる。そういう心理を最大限に利用しようとしている。
「朋美さん……」
愛美が何かを訴えようとした時、朋美のケータイが鳴った。
実家からだった。
「はい、朋美です」
『突然でごめんなさい。急用ができましたの。すぐに戻って来てちょうだい』
義母の声だった。何かあった、それがすぐにわかる語調だ。
「どうしたのですか?」
『詳しいことはこちら来た時にお話します。今日はお父様も戻っています。なるべく早くもどるのですよ』
「はい、わかりました」
そう答えるしかなかった。父が家に戻らなければならない程大変なことなのか。日曜日なのだから何回かに一回はそういうこともあった。でも、朋美が呼び戻されるというのは今回が初めてだ。
電話を切った目で愛美を見る。察しのいい子だ。もう何かを感じていることだろう。
「ごめんね、愛美ちゃん。私、実家に戻らないとならないの」
「ええっ、でも……」
「本当にごめん。最後までいて上げられなくて。でももう大丈夫だよね。藍子さんは信頼できる人よ。安心して任せていけるわ」
「私も帰ります」
愛美はきっとそう言いたかったに違いない。今日の調教は止めにして一緒にここを出ようかとも考えた。でも、調教はこれからが本番なのだ。
そこに藍子が割り込んだ。
「任せておきなさい。保護者付きの調教なんて本来あり得ないことよ。この子は私がマンションまで送っていくから、朋美ちゃんも安心して行って来ていいわよ」
「はい、よろしくお願いします」
朋美はここまでの藍子を見ていて自分がいなくても大丈夫だと確信していた。愛美にもそれが伝わっているかは心配だったが、実家の方が気になってならない。
「愛美ちゃんは強い子だもの。ひとりでもがんばれるわね」
下を向いていた愛美だが、朋美が近づくと顔を上げて言った。
「はい、がんばります」
声は控えめだが、愛美なりの決意を感じさせた。朋美への気遣いかもしれない。もしそうだとしても、今の朋美はそれに甘えるしかなかった。
「NGワードは覚えているわね」
「えっ。あっ、はい」
「言ってご覧なさい」
「はい。『お許しください』って……」
「そうね。どうしても我慢できない時にだけ使うのよ。いいわね」
「はい。わかりました」
「いい子ね。今夜も私の部屋に泊まっていく?」
「はいっ!」
最後の返事が一番元気だった。朋美は愛美にキスをする。恋人とするおやすみのキスだ。藍子が見ているというのにお構いなしだった。
「それじゃ藍子さん、お願いします」
朋美はプレイルームを後にした。後ろ髪には愛美の視線が巻き付いていた。
雑居ビルを飛び出すと通りに出てタクシーを拾う。ここからならマンションに帰るより実家の方が近い。車なら三十分とかからないだろう。
それにしても、何が起きたのだろう。
事故とか病気ではなさそうだ。少なくとも両親は健在のようだし、親戚にも体を壊している人がいるという話も聞いていない。唯一考えられるのは義姉だ。このところ大学にも殆ど行っていないらしい。朋美にとって決して居心地の良い実家ではなかったが、それでも家族に対する想いは変わらなかった。
車の窓に流れる景色がもどかしい。特に渋滞しているわけでもないのに、いつもよりスピードが出ていないように思えてならない。運転手を外したか。それとも地下鉄の方が良かったのか。SMクラブに残して来た愛美のことが頭に過ぎるが、それもすぐに脇へ追いやられた。
「ただいま帰りました」
朋美が実家に着いたのは、それから間もなくのことだった。
リビングに入ると家族が揃っていた。ソファーには父と義母が並んで座り、反対側には叔母夫婦。正面の一人掛けには義姉がいつもの普段着で微笑んでいた。
「お父様、ご無沙汰しています」
朋美は父・宗一郎に挨拶を済ませる。
「やあ、お帰り。朋美も大人っぽくなったな」
朋美は頬を熱くした。
家出をして身を崩し掛けた朋美が、今も細川家に出入りできるのは宗一郎のおかげだった。普段は温厚で親しみ易い人柄だが、一度事が起きた時は独裁者に変身する。大学までラグビーをやっていたと宗一郎は体も大きく肩幅もあり、体型だけなら肉体労働者だ。頑と構えられたら誰も逆らえない。
「朋美まで呼ぶことはなかったんじゃないか」
父が義母に言う。
「そんなことはございません。朋美は当事者ではないですか」
「それはそうだが……」
唯一の例外が義母だった。内向きのことは義母が仕切っていた。宗一郎もその点では義母を立てる。朋美のマンション暮らしを決めたのも義母だった。越境入学は隠れ蓑に過ぎない。義母は親戚たちの中に身を置くことが家出の原因と考えてのことだった。
「私のこと……ですか」
「そうですよ。朋美の縁談の件です」
朋美が手前の一人掛けに座ると、義母が事の次第を話し出した。
鶴岡ハウス工業が不渡りを出すという噂が広まっていた。朋美のお見合い相手・鶴岡聡司の父が経営する会社だ。今となっては古い借財なのだが、金融機関の貸し剥がしに会い運転資金に困っているという。朋美との縁談は細川の名前を借りて融資を引き出す計画だったのだ。それを聞きつけた叔母夫婦が独断で縁組みを断ると、今度は脅迫まがいの電話が入ったのだという。
――このお見合いは何としても成功さなきゃならねえって
朋美は、お見合いの時に若い連中が言っていたセリフを思い出した。
「朋美さん、ごめんなさいね。そんな相手だと全然知らなくて」
叔母が立ち上がり、朋美の手を取った。
「柄の悪い連中を大勢抱えているらしい。皆さんにも申し上げていたのだが、朋美さんも身辺には気をつけてくだされ」
叔父も側に寄って来た。この人たちにとっては、朋美を追い出して義母の点数を稼ぐつもりが裏目に出てしまったというところか。
「叔母様、頭を上げてください。私は大丈夫ですから」
「ありがとうねえ」
朋美が両手で握り返しても、叔母は手を離そうとはしなかった。
「本当にひどいことを言われたようですよ」
義母の言葉で叔母が思い出したように話し出した。
「そうなのよ。この縁談を断ったら娘をぶっ殺すとか、細川の実家に火を付けるとか、それはもう乱暴なことを言っていたのよ。建設業って言っても、暴力団と変わりないわ」
お見合いの席で聡司を褒めちぎっていた姿は見る影もない。朋美には聡司の様子が目に浮かんだ。今頃はあの男たちをなだめるのに苦労している頃だろう。
「鶴岡ハウス工業がやくざまがいの工員を使っているという話は確かにあるんだ。仕事の評判は良かったんだが。残念だよ」
父が朋美に目配せした。「お見合いの話がなくなって良かったな」というところだろうか。
「何にしても気を付けるのですよ。朋美も夜遅くまで出歩かないように」
義母はこれが言いたくて呼び戻したのだろう。心配して貰えたのが嬉しかった。両親と一緒に過ごせる時間がどれだけあったことか。
「今回は変な人を紹介してしまってごめんなさいね。次はもっといい人をお捜しするわ」
叔母もさすがに申し訳なさそうだ。
「いいんですよ。気にしていませんから」
本心だった。少なくとも聡司は悪い人ではない。朋美は、友だちがひとり増えたとしか思っていなかった。
「そう言ってくれると助かるわ。それでは、私たちは失礼するわね」
叔母夫婦が帰り、リビングルームでの家族会議は解散になった。
「朋美ちゃん、今日は夕食、食べて行くでしょ」
義姉が声を掛けて来た。
「そうだな。それがいい」
父も今夜は家にいるらしい。朋美は脅迫電話に感謝したいくらいだった。
まだお昼を過ぎたばかりだった。この程度なら電話でも良かったのではないかとも思う。SMクラブを出てからランチの予定だったが、朋美はその時間タクシーの中。実家に着いた時には済んでいたため、食べそびれていた。
自分の部屋に戻った朋美は、愛美のことを思い出した。あれから一時間になる。そろそろ調教も終わっている頃だろうか。いきなりひとりにされて、さぞかし寂しい想いをしていることだろう。朋美はケータイを取り出した。
今夜も愛美をマンションに泊めると約束した。急なことだが、マンションに戻るのは家族で夕食を済ませてからになる。それまで部屋で待っていて貰うか、あるいは一度家に帰って貰って迎えに行くか。
コールはしているのだが、愛美は出ない。藍子にも掛けたが同じだった。愛美のケータイはポーチの中、つまり事務所に置いてあった。藍子もプレイルームには持っていっていない。まだ調教中なのだろうか。
藍子はハードな女王様だ。普段は女の子相手のプレイはしない。屈強なマゾ男ばかりを責めていた。愛美相手に気を遣っている様子がはっきりと見てとれたのだが、朋美というお目付役がいなくなって地が出ているなんてことは……そう考え出すとどんどん心配になって来る。愛美は意地っ張りだからNGワードを言わないのではないか。そもそもNGワードの意味をわかっているのだろうか。
(もう、電話に出てよ)
話ができないとなると、じっとしてはいられなかった。義母には夕食までに戻ると告げて、もう一度出かけることにした。SMクラブに行ってみて、愛美たちがいなければそれで良い。移動中に連絡が着くこともあるだろう。朋美は実家を出るとタクシーを拾った。
(つづく)
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